ひとりじめしないで
青い空。
白い雲。
燦々と輝く太陽とくれば、七松小平太のすることは一つであった。
「よっしゃ! 裏々山まで走り込むぞ!」
遠い大地が両手を広げて待っている。
それはもちろん想像の産物であるのだが、思い浮かんだら即行動の小平太には大きすぎる誘惑であった。
校舎を飛び出し、体を屈伸させる。
そうしながら、ふと、考える。
一人で行ったら楽しいだろう。
でも、一人じゃなかったらもっと楽しいはずだ。
そうだ。
誰かを誘おう。
「だとすると、誰がいいかなぁ」
小平太は腕を天高く伸ばした。
潮江文次郎はどうだろう。
い組の彼は、会計委員だ。
部屋にこもって地味にそろばんはじく人物の想像が、普通ならば思い浮かぶ会計委員だが、忍術学園の会計委員はひと味違う。
彼らの扱うそろばんは10キロの重さのもので。
何故か体育委員の活動をしている小平太と外でよくかち合う。
ランニングもこなし、匍匐前進で移動をすることもある。
戦う会計委員なのである。
それに加え彼は、他人にも自分にも厳しい性格で、毎夜のように自主トレをする、小平太に続く体力の持ち主である。
きっと、文次郎走るのは楽しい。
いい考えだ。
一人で頷き、い組の忍たま長屋へ向かおうとした小平太だが。
待てよ、と思い直した。
ふと考えてみると、今日は土曜日だ。
会計委員は一週間の間にかかった予算をまとめる日である。
文次郎は他人にも自分にも厳しい性格だから、委員会の仕事を放って小平太と裏々山まで行くとは、絶対言わないだろう。
腕を組み、小平太はうなり声をあげた。
「うーん。じゃあ、誰にするか」
文次郎と同じい組の立花仙蔵は?
彼は走り込むぐらいならば用具委員の保管している(生首フュギュアで化粧の練習をするというだろう。
は組の善法寺伊作は不運だから論外だとして、食満留三郎は・・・。
彼は学園長の使いで外に出ている。
しかも、行き先は裏々山とは逆の方向だったはずだ。
だがしかし、親友で同室の中在家長次は図書の当番であったし。
絶対に、行くと即答してくれるだろうは学級委員長に選ばれてから忙しそうに先生と生徒の間を行ったり来たりして、大変そうにしている。
その邪魔はしたくない。
でも・・・。
小平太は肩を落とした。
この2週間、とまともな会話をしていない。
寝るときと、食べるときと、授業の間顔を合わせるぐらいで、とてつもなく寂しい。
「・・・ちょっとの間なら」
裏山までだったら往復で1時間もかからない。
それくらいならば、も付き合ってくれるのではないだろうか。
優しいは「うん」と言ってくれるだろう。
「よし、を探そう!」
彼の居場所はすぐに分かる。
学園長先生のいる庵だ。
「いけいけどんどーん!」
肩をならし、一気に体の力を爆発させる。
誰かが掘ったらしい落とし穴を飛び越え、なぜか地面に転がっているトイレットペーパーを跨ぎ、腰を屈めて拾っている伊作の背中で馬とびをして。
庵が見えて、小平太は声を上げた。
「はいますかーっ!」
庭にいたヘムヘムが小平太に気づいて飛び上がった。
このまま行くとぶつかってしまうが、そこは生まれ持った身体能力で急ブレーキをかけ。
あと数センチというところで小平太は止まった。
「ヘムヘム、はいるか?」
「へ、ヘムヘム!」
ヘムヘムは恐怖に染まっていた顔を首をブルブル振るとと、両手でバッテンを作った。
「えー、いないのか?」
「ヘムヘムヘムヘーム」
ヘムヘム曰く。
職員室の方へ、大切な書類を届けにいってもらっている。
渡し終えた報告をするために、ここに戻ってくる予定である。
とのことであったが。
早とちりした小平太はが職員室へ行ったことのみを聞いたため、戻ってくることを知らずに職員室へかけだしてしまった。
「そうか、職員室だな。いけいけどんどーん!!」
「ヘムッ!?」
止めようとしたヘムヘムの心遣いなど遙か彼方。
小平太は弾丸のごとく職員室へと向かった。
が。
たどり着いた職員室にはすでにの姿はなかったのである。
職員室の扉に体当たりしてはじかれた小平太を助けた土井先生が、が去ったことを教えてくれた。
「には悪いと思ったんだがな、学園長が全く取り組んでくれない、事務員さんのための目安箱設置を頼んだんだ。だから、は事務室に向かったぞ」
ただ、箱そのものは出来上がっているから事務室においてくるだけであって、大した仕事じゃないがな。
もう学園長の庵に戻ったんじゃないかな。
と、土井の言葉は続いたのだが。
やはり小平太は最初の部分しか聞いてなかったのである。
そのため、小平太は今度は事務室に向かって「いけいけどんどん!」と駆け出したのであった。
のだが。
やはりというべきか。
は事務室を去った後であった。
小平太の突進を受けて持っていた半年分の出門表を廊下にぶちまけた小松田は語った。
「君ねー。うん。来たよー。ずっとずーっと待っていた目安箱を設置してくれたんだ」
「また入れ違いかーっ!!」
地団太を踏み、憤慨する小平太をまあまあと宥めて、小松田は笑みを浮かべた。
「それでね、学園長のところに報告に行くって言っていたから、溜まっていた学園長宛の荷物をよろしくーって、渡したんだ」
小平太は風の早さで出門表を回収し、小松田に渡した。
「じゃあ、は学園長の庵に戻ったんですね!」
「そう思うよー」
三度目の正直だ。
今度はきっとに会えるはず。
小平太はそう信じて、庵へと回れ右して駆け出した。
しかし、二度あることは三度あるとはよく言ったもので。
きっと、序盤で伊作を馬跳びした所為だろう。
不運は続き、庵に戻ってもはおらず、ヘムヘムと学園長が暢気に将棋を指していたのみであった。
「なんでえぇぇーーーっ!!」
小平太は地面に屈服した。
「おお、どうした七松小平太。いつも元気なお前らしくないのう」
けらけらと、学園長は笑う。
何とも腸煮えくり返る笑い声だったが、それ故に小平太は我に返った。
が職員室に行ったのは学園長の命令であった。
そして、そこから事務室に向かったのは学園長の所為であった。
さらに、事務室でが押しつけられた物も、元はといえば学園長がきちっと管理をしていないために降り懸かった厄介ごとではないか。
すべての現況は学園長にあり。
けれども、世は無常なり。
学園で一番偉い学園長に、誰が刃向かえようか。
暴言を吐くことができず、小平太はぶわっと大粒の涙を流したのであった。
「うわああぁぁん!!」
「な、何じゃどうしたんじゃ七松!」
「がくっ、えんちょ、せんせいが、を、ひとりじめ、するっ! うえぇぇぇーーん!!」
しゃっくり上げながらおんおん大声でなく小平太の声が離れだけに留まることなどなく。
つられて1年生も泣き出す大惨事になったのであった。
「学園長、ただいま戻りましとぅええぇぇえ!!? なんで小平太が泣いてるの!? 学園長! オレの大事な大事な親友を何泣かしてるんですか!!」
「わしゃ何も知らんーーっ!!」
<END>
小平太の感情はすべて直球です。
ストライクは必須です。
あと、申し上げますと会計委員会のお仕事云々は捏造です。信じないでください。