いわゆる海市









「せいっ!」



びゅんと、鉢屋三郎の耳元で風がうなった。
反射的に左に避ければ間髪入れずに、さっきまで頭があったところに手裏剣が飛ぶ。
遅れ髪が一、二本切れたが地毛ではないからなんて事はない。
三郎は臆することなく手裏剣を投げた少年−−−久々知兵助につっこんだ。



「おりゃ!」
「うわっ!」



顎にめがけて拳を突き上げれば、兵助は体を後ろにのけずらせた。
体勢を崩した兵助を、三郎は容赦なく蹴りとばした。
腹にいれられ後ろに吹き飛んだ兵助は、その反動を利用して三郎から距離をとり、体勢を立て直そうとする。

が、それはできなかった。



「どうだ?」
「ーーーっ。まいった」



三郎はすでに間合いを詰めて、兵助の首もとにくないを突きつけていたのだ。
それは鍛錬の終わりを意味していた。



「すごいね三郎君」



二人の鍛錬の様子をひょんな成り行きで観戦していた斉藤タカ丸が感嘆の声を上げる。
その隣には、同じく通りすがりの成り行きで観戦していた乱太郎。
そして、鍛錬の審判役としてかり出されていた不破雷蔵の姿がある。



「鉢屋先輩は六年生よりも強いんじゃないかとも言われているんですよ」



乱太郎が言う。
と、タカ丸は目をくりっと開いた。



「へえー。そんなにすごんだ。じゃあ、六年い組の立花仙蔵君と戦ったら、互角なのかな」
「それはない」



いつの間にか、三郎と兵助が歩いてきていた。
たっぷりと汗をかいた二人は、雷蔵から手ぬぐいを受け取り、豪快に顔をふいている。



「立花先輩どころか、委員長たちは全員 格が違うから一対一なら簡単にのされる自信がある」
「そんなに違うの?」



タカ丸は首を傾げる。

仕方のないことだ。
年齢的には六年生でも、今年初めて忍の世界にふれた、経験的には一年生のタカ丸だ。
見るものすべてが凄く映るものだから、能力の差がいまいち理解できない。

三郎と雷蔵と兵助は同時に頷いた。



「委員会の予算会議に参加したらイヤでも分かる」
「毎回毎回激しい攻防だからな」



三人の力説に、タカ丸と乱太郎が生唾を飲み込んだときだ。

突然、金属がぶつあり合う音が響いた。
反射的に五年生三人は乱太郎とタカ丸を後ろにかばい、戦闘態勢の構えをとった。

しかし、なにも現れない。



「なんだ?」
「さあ・・・」



三郎と雷蔵は首を傾げた。

用具倉庫の屋根の上。
そこから獣を射落とす勢いの殺気がしている。
金属音が絶えず響いてくるばかり。
不気味だ。

三郎は乱太郎とタカ丸が庇われていることを確認して、言った。



「様子を見てくる」



一歩進んだ三郎はしかし、手裏剣が飛んできたので後ろに戻った。



ーーー!!!」



叫び声と同時。
二つの影が先ほどまで三郎と兵助が戦っていた場所に現れた。
一方は鎖鎌を、もう一方は袋槍を自在に操り、ぶつかり合う。
ただ、攻撃を仕掛けるのは袋槍を操る少年の方で、鎖鎌の少年は受けの体勢を崩さない。



「ねちっこいな。仙蔵並だ」



鎖鎌の少年はフウとため息をつくと、袋槍を構える少年から距離をとった。

すっと通った鼻筋。
素早い動きで乱れた長い髪。
長いまつげの下には水色の瞳。
六年ろ組の学級委員長委員会の委員長、は首の後ろを掻きながら言った。



「もう十回は謝っただろ」
「謝った謝らないの問題ではないわ馬鹿たれ!」



と向かい合う少年は、肩を怒らせている。
ギラギラと燃えている目の下に大きな隈。
阿修羅も逃げ出す憤怒の表情。
六年い組の会計委員長、潮江文次郎だ。



「参ったな。ただの冗談なのに」
「問答無用!」



文次郎が一歩踏み出したため、は左足を半歩引いて受け流した。
そして、怒濤の攻防。

突如として始まった委員長二人の戦いに、乱太郎とタカ丸ははじめこそ呆気にとられたものの、感嘆の声を上げた。
三郎と兵助の鍛錬のそれとは動きが段違いだ。
それは鍛錬ではないからというのも原因の一つであるが、火花が散る姿は見えても、交わる二人の様子は残像でしか見ることができない。

毒気を抜かれた五年生三人だったが、三郎はが委員長であるからか、誰よりも早く我に返り、未だぶつかり合う上級生二人に声をかけた。



「一体どうしたんですか、先輩、潮江先輩」



呼びかけられて初めて彼らはこの場にいるのが自分たちだけではないことに気づいたらしい。
互いの刃を競り合わせたまま、目をぱちくりと瞬かせる。



「お? 三郎、雷蔵、兵助、タカ丸、乱太郎じゃないか。珍しい組み合わせだな」
「何をしているんだお前ら」



二人の返答に、雷蔵が苦笑を浮かべる。



「それはこっちの台詞ですよ。潮江先輩が先輩に袋槍を向けるなんて」



とたん。
文次郎の目がつり上がった。



「こいつが悪い! ふざけたことをするから!!」



唾をとばしながら叫ぶと、それと対極には肩をすくめる。



「ふざけたが、謝ったじゃないか」
「だから、謝ってすむ問題ではない!」



競り合っている刃が、ぎちぎちとなる。
一体どれほどの力で押しあっているのか。

埒があかず、乱太郎が無邪気を装い、聞いた。



先輩は何をされたんですか?」
「・・・聞きたーい?」



の顔が妖艶にゆがむ。
文次郎の顔が蒼白にゆがむ。



「や!」



「やめろ」と続くはずだったろう文次郎の声は、重なり合っていた刃をがはずしたことにより、バランスが崩れて地面に屈服したためにくぐもったものにしかならなかった。
地面につぶれた文次郎に目もくれず、はにっこり笑った。



「徹夜明けの自主トレを終えて帰ってきた文次郎を部屋で迎えてあげただけさ」



とまあ、ここまで聞けば友達思いな様子であったろう。
が、憤怒する内容なのだから、続きがあるに決まってきた。



「普通に迎えるのもなんだと思ったから文次郎に変装して、こう言ったのさ。『おかえりさない。ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?』」



はわざわざ声を変え、しなまで作り、再現してくれた。
その容姿は小柄で童顔の本来のものであったから、まだ見れたものであったが、実際は体格のよく、目の下に熊のついている文次郎の姿でやったことなのだ。

気持ち悪いを飛び越えて、いっそ化け物じみている。
文次郎の姿であったことも。
そうしようと思いつき、そして実際にやったも。

石化する後輩等を前に、は無邪気な笑みを浮かべた。



「ちょっとしたおふざけさ」



それは三郎のいたずらよりも救いようのないものだと、小平太ならばつっこんでいただろう。
しかし、想像をしてしまった後輩たちに返答などできるわけもなく。
それでもがんばって、三郎は「すごいことをしたんですね」と口にした。
他の四人など、うつむいて具合を悪くしているほどだ。



「みんな大げさだな」



ケラケラ笑うのバックに、メラメラと怒りの炎が立ち上る。
倒れていた文次郎が復活したのだ。



ーーーっ」
「おっと」



頭上に降りおろされた拳をするりと回避し、は駆けだした。
軽い仕草でぴょんと木に登り、文次郎を見下ろす。



「せっかくだから裏裏山までジョギングがてら逃げるか」
「う、裏裏山だと!?」
「じゃあな、三郎、雷蔵、兵助、タカ丸、乱太郎」



手を挙げるのが先だったか。
文次郎の投げた手裏剣が届くのが先だったか。
の姿がかき消えて、葉の鳴る音が余韻を残すのみであった。



「逃がすかーっ!」



それを追って、文次郎もどこぞへ消失する。
四人に残されたのは微妙な雰囲気と、おいてけぼりの思考のみであった。



「ほらな」



久々知がぽそりと声を出す。



「格が違う」



色々な意味で・・・・。

明後日の方向を眺めながら出た言葉に、一同は頷くことしかできなかったのであった。















<END>


五年生組って、タカ丸さんに敬語でしたっけ? ううん。覚えていない。
間違えていたら即修正します。