そう言いながら、店長は肩においていた手を徐々に首筋へと近づけていく。
はクナイを取り出そうともがく右手を左手で押さえ、そんなことをおくびにも出さず、すっと立ち上がった。
「あら、もう閉める時間。のれんを下げてきますね」
さっさと台所を出て、は憤怒の表情を露わにした。
あんの腐れ野郎。
滅べ。
滅んでしまえーー!!
団子屋潜入からすでに2週間。
うまく情報を集めることができたのなら仕事を納めてもいい日にちだ。
が、の調査は難航していた。
たらしでチャラくて尻軽な店長だから情報などすぐに聞き出せる。
帳簿だって団子の材料や分量だって調べ放題だと思っていたら、その予想は大いにはずれた。
中々几帳面で用心深い。
最初5日ぐらいは台所に入れてももらえず、団子運びと会計のみの仕事であった。
やっと台所立つことが許され、材料や配分が分かると思いきや、全ての仕込みは前夜にすませてしまっていた。
そのためは店長が女の子を相手にしている間に卵や粉など、全ての材料を計り、次の日にその減り具合で成分を調べたのである。
住み込みでバイトをすれば簡単に分かることであろうが・・・。
そんなのドクタケに就職するぐらい最悪な行為だ。
夜になったらなにされるか分かったものではない。
昼間であってもああなのだから。
潜入の終わりが見えない状況の今、は辛抱するしかなかった。
はぁと大きくため息をつきながらのれんに手をかけた時だ。
遥か遠くから知ったような声が二つ聞こえてきた。
耳が良いはその内容も聞き取れた。
・・・といってもただの言い争いだが。
「俺の隣を走るな!」
「それは俺の台詞だ!向こうに行け!!」
その声は近づいて来て。
それにともない二人の姿もだんだんと大きくなってきた。
「俺はこっちに用があるんだ。嫌ならお前が向こうに行けばいいだけの話だろうが!!」
「お前の指図はうけん!」
「んだと!?」
「やるか!?」
そしてとうとう団子屋までたどり着いた。
・・・・と思いきや風のような速さのまま通りすぎていった。
「・・・・んにやってんだか、あの馬鹿二人」
悪態をつけば、言い合いを聞きつけたのか店長まで表に出てきてしまった。
「何事だい?」
さっきの男声を聞かれていないかとひやひやしながら、は笑顔を返した。
「いえ、何も」
面倒事とは避けたい。
その一心でキラキラの背景付きの超絶スマイルでどうにか奥に返そうとしたのに。
それよりも先に、通り過ぎた馬鹿二人が戻ってきてしまった。
「お前の所為で通り過ぎたじゃないか!」
「やかましい! 人の所為にするな、自分の所為だろう!」
そして、言い合いもそのままに、女装もすっかり解いていつもの格好の潮江文次郎と食満留三郎は、に「はい」と紐で厳重に綴られた紙の束を差し出した。
言わずもがな同時である。
二人はの顔色が悪くなったことにも気づかずに、顔を見合わせ火花を散らした。
「俺が先だ」
「俺だ!」
「俺のを先に読みたいに決まってる!」
「馬鹿たれ! 俺の方がやかに丁寧にまとめてる。会計委員なめるな! 俺の方が魅力的なはずだ!」
その様子はさながら一人の少女を取り合う三角関係。
「おやおや」
店長が楽しそうに笑う。
は鳥肌を立てながら、二人を止めに入った。
「ちょっと、お二人とも・・・」
しかし、それは失敗であった。
見事矛先はに向かったのである。
「ちゃんはどっちが良い!」
ぴったりはまったハーモニー。
「まねするなー!」
「まねすんじゃねえ!」
「ちゃんってば僕のほかにも二人も男の子を振り回していたなんて」
「・・・・・・はぁ」
は額に手を当てたのだった。
<つづく>
最初に調査を終えたのは勘ちゃんではなく、馬鹿二人(笑)でした。
二人の潜入描写はしません。
考えるだけで・・・・おえっぷ。
文次郎→女装で客が怖がり、一足が遠のく。でも店長は「見た目で判断してはかわいそうだ」と、文次郎がやめるというまで追い出さなかった。
留三郎→重たい物を「おっこいしょ」と持ち上げ、男とばれるも女装趣味だと誤解され、とりあえず潜入を続行。
という感じです。