「ということで、今日でバイトをやめます」
が丁寧に頭を下げると、店長は口をぽかんと開けた後、慌てたようにの手をつかんだ。
「待って。いきなりどうして」
「すみません、もっと早くに言っていればよかったのでしょうけれど・・・・」
表情を作ることなどたやすい。
は本当に申し訳なさそうに眉を下げた。
店長は目を白黒させながら、言った。
「困るよそんな」
「いえ、私なんてまったく役に立ちませんでした。台所にも立たせてもらえず、接客ぐらいしか・・・・」
実際そうであったし、それ以外はが居なかったときとかわりなどなかったはずだ。
こう言い訳することは、最初から決めていた。
そして、後押しする理由というものをは兵助と勘右衛門から伝授されていた。
「それに、私の帰りを待っている弟たちがいるのです」
「お、弟?」
「はい。なので・・・・」
と、さりげなく店長の手をはずすが、彼はもっと強い力で握り直す。
「そんな嘘、信じないぞ」
「あの・・・・」
は顔をしかめた。
雲行きが怪しい。
店長の表情が変わってきた。
気絶でもさせようか。
が捕まれていない方の手を素早く店長の後ろに回したときだ。
「お姉ちゃん!」
可愛らしい子どもの声とともに、腰に何かがぶつかってきた感触を覚え、は視線を下に巡らせた。
そこには、知ったる一年生がしがみついているではないか。
「お仕事のお店に来ちゃいけないって言われていたけれども、言いつけやぶって来ちゃった」
委員会の後輩である庄左ヱ門と。
「でも、もう僕たちが寝ちゃった後にお姉ちゃんが帰ってくることがないと思うと嬉しくて・・・」
庄左ヱ門と同じ組で火薬委員の伊助だ。
その仕草の可愛いこと。
は予期せぬ事態に女装中だというのを忘れて嬉しさのあまり悶え、くらりと二人の方によろけた。
弟たち・・・・。
なるほど、下級生を弟と考えると、あながち嘘ではない。
留三郎と文次郎の時とは違い、恋人と間違えられることもない。
よくできた理由だ。
小さい弟二人の登場に慌てたのは店長だ。
「いや、僕はやめていいとは言って・・・・」
言葉が途切れる。
それもそのはず、庄左ヱ門と伊助の二人の眼がうるんできたのだ。
「・・・・お姉ちゃん・・・やめないの?」
「一緒に遊べないの・・・?」
二人は訴えるようなまなざしを店長に送り続ける。
数分は続いた攻防だが、勝者は最初から決まっていた。
「・・・さん。いままでありがとう・・・・」
「やったぁー!」
「帰ろう、お姉ちゃん!!」
両方の手を後輩に引っ張られて、はゆるむ顔を何とか押さえながら団子屋を後にしたのだった。
団子屋の屋根も見えないほど遠くになったところでやっと、はほぅと息を吐いた。
「助かったー。ホント助かった。ありがとうな二人とも」
「いえいえそんな」
庄左ヱ門と伊助は笑顔で答えた。
「久々知先輩と、尾浜先輩から頼まれたんです」
「『本当は僕たちが迎えにいく予定だったんだけれども、忍務が入ったからよろしく』って。言ってました」
もちろん忍務が入ったというのは嘘である。
後輩好きのの気持を組んだこと。
「・・・・・・同級生よりも後輩の方がしっかりしてるってどうよ」
ぽそりと呟き。
は二人の頭を撫でた。
「帰りがてら、うどんでも食べるか」
「わーい!!」
こうして、の情報は無事に終わり、きっちりまとめあげた資料を「存分に活用したらいいですよ!!」と投げるように学園長に渡したのだった。
<END>
ただのショートを書くつもりが、こんな長い話になるとは・・・。
随分難産で、この閉め方もちょーっと心残りがありますが、とりあえず閉じさせていただきまーす。