まもるもの












木々がしなり、ざわめきが広がる。


黄昏の森を風が走っていた。
幼い子供を両手に抱え、まさに飛ぶように。
そこに横手から迫りくるきらめき。



「勘!!」



上空から飛び出した少年がクナイを自分のそれではじき落とした。
かばわれた少年が声を上げる。



「三郎!」
「悪い。三人逃したんだ」



そう言う鉢屋三郎の左足から鮮血が滴り落ちているのを見逃す尾浜勘右衛門ではなかった。
叫んだのはその手の中に守られている二人の一年生。



「先輩、怪我をっ!」



三郎は滴る汗をそのままに真っ青な表情の二人の頭を優しくなでた。



「もう裏々山だ。学園までは後少し。もう少し我慢してくれ」



がさりと、少年たちを囲むようにざわめきが広がる。
勘右衛門は囲まれていることに気づき、小さく三郎の名を呼んだ。
三郎が頷く。



「手を出すなよ。勘」
「馬鹿。利き足を怪我してプロの忍者相手を三人同時に相手なんて出来ないだろ」
「そうだとしても勘は動いてはいけないだろ」



その手に守るのは守るべき後輩。
血に汚されるのも、汚すのも早すぎる幼子だ。



「活路を見いだしたらすぐに飛び出せ。いいな」



三郎は言うが否や勘右衛門の返事も聞かず正面に駆けだした。
首に向かって放たれた手裏剣を頭を低くすることでよけると、逡巡もなくクナイをはなった。
倒れた男にはめもくれず、次は木の上に飛ぶ。
上で待ち受けていた黒ずくめの忍者はかすかに笑みを浮かべ、三郎を迎撃した。

瞬く間に何度となく刃同士が交わり、音を立てる。
すさまじい光景に目を奪われていた二人の一年生のうちトラブルメーカーのは組所属の黒木庄左ヱ門は、背後から忍び寄るイヤな気配をたしかに感じ取った。



「尾浜先輩!」



叫んだと同時、後ろから数人の忍びが飛びかかってきた。



「っ!」



数が多すぎる。
避けれない!

勘右衛門は瞬時に体をひねり、のしかかるような形で二人の後輩を地面に押し倒した。
敵が増えたことに気付いた三郎が慌てて援護に向かおうとするが、正面の忍者がそうさせてくれない。
勘右衛門に刀が降りおろされる。



「勘!!」



血しぶきがあがる。

と、思われたのだが。
勘右衛門に刀を振りおろしていた忍者はその格好のまま、地面に崩れ落ちた。



「っっ!」



勘右衛門が異変に気付いて顔を上げたときには囲っていた忍者は次々に沈んでいくばかり。



「よく守った。勘、三郎」



りんとした声が周辺の絶望感を吹き飛ばした。

膝に届かんばかりの墨色の髪が揺れて、最後の忍者が倒れた。
いつもは青空のように優しい瞳が苛烈な炎のように揺らめいている。



先輩!」



4人からほとんど同時に発せられた呼び声だが、喜びにあがったのは一年生二人のものだけで、残りの二人の声はどこかこわばっていた。

三郎はキッと正面を睨みつけ、対峙していた忍者をさっきまでの接戦が嘘のように一瞬でけりをつけ、のそばに降り立った。



「すみません助かりました」
「仕方ない。相手はどうしても俺たちを消したいらしいから。・・・よほどどこにも漏らしたくない情報らしいな」



たまたま委員会活動で。
たまたま学園の外に遠出の用事があって。
たまたま帰り道をかえて、山道にして。
たまたま休憩に立ち寄った滝の裏で。
たまたまどこかの城の忍者とどこかの城の忍者が密会している場面に遭遇してしまった。
どこかの不運委員会に負けず劣らずの不運っぷりを発動してしまった。



「顔を見た奴は片づけたが、応援を呼ぶ矢羽音が使われた。追っ手はまだ来る」



三郎はこわばった表情でを見つめた。

このオニゴッコがはじまってすでに2時間は経過している。
に追っ手をまかせ逃げることだけに集中してきたが、の体力がすでに限界に達していることに三郎は気づいていた。
そのうえ、は顔色が悪い。

理由を考えて、三郎はハッと息をのんだ。



「まさか先輩。今日は”あの日”・・・・」



青い目が一度瞬く。
それが答えだった。

三郎はの袖を掴んだ。



「オレがしんがりをつとめます。先輩は勘たちを!」
「そりゃ無理だな」



はそう言いながら、三郎の肩を押し、流れる仕草で手裏剣を持つ右手をふるった。



「うっ!」



草むらに忍んでいた男がうめき声を上げる。
それを合図に一気に二人の忍者が飛び出した。

敵がこんな近くにいることに、まったく気づけなかった。

注意力が散漫だったのか。
はたまた実力の差か。



「後輩を守るのが先輩の勤めだからな」



行けと、叱咤する前に三郎は勘右衛門の背中を押し、走り出した。



「いくぞ!」
「でも尾浜先輩、先輩は!」



姿を見せた忍者は二人だけだったが、きっとそれ以上の人数がいるはず。
それを一人だけで押さえるなど、できるわけがない。

今福彦四郎はみるみる離れていく背中に、涙が出そうになった。



先輩は」



三郎は呟いた。



「我らが学級委員長委員会委員長様だぞ。大丈夫さ」



それは自分に言い聞かせているようであった。












倒した数は片手では足りなくなっていた。

精鋭ではないのが唯一の救いだ。
はなんとか命を繋いでいた。



もうあいつらは学園にたどり着いた頃だろうか。



体を斜めに反らし、回転しながら喉元をかっ切る。



三郎は足を負傷していたが、まさか腱を切った訳じゃないよな。
・・・ちゃんと走ってた。
大丈夫だ。



背後に迫っていた男を蹴り倒し、眉間に手裏剣をお見舞いした。

ふいに敵が攻撃の手を止めた。

諦めたわけではないだろう。
に向けられる殺気は、多くの死体を生み出したことから息苦しいまでのものに変わっているから。

硬直状態になったことで露見してしまう。



「ひゅう・・・ひゅっ」
「呼吸をするのが辛そうだな」



敵が初めて口を開いた。
は正面に対峙する男の一人に目を向けた。

まだ若い声だ。
土井先生ぐらいだろうか。



「よくもここまで暴れたものだ。こいつらだってちゃんと能力を買って雇ったのだが」
「そりゃ・・残念だな。・・・俺の方が上らしいぞ」



今のうちに少しでも体力を回復できたら。
そう思い、は相手の誘いに乗った。



「忍術学園の忍たまは一筋縄ではいかないと、話では聞いていたが。これほどまでとは」
「どうもどうも・・もっとほめてくれ。気分が良くなる」



軽口をたたきながらは背中を凍らせた。

こちらに向かってくる足音がある。
一人二人ではない。
一人ではとうてい相手にできない数であった。



「是非、我が城にスカウトしたいが、どうだろう?」



そう言う口がいびつにゆがんでいる。

は鼻で笑った。



「はっ。かわいい後輩たちを怖い目に遭わせた貴様等の城なんて、幾ら金を積まれようがごめんだ」



たぶん、学園に戻ることはかなわない。

のどは限界をとうに超えており。
さらに言えば、年に一度の”風邪引き日”だ。
伊作の気持ちが分かる。
天を仰ぎたくなる不運日和である。



「惜しいな・・・・やれ」



一斉に襲いかかる影を睨みつけ、せめて一人でも多く倒してやろうと決めたの肩を、誰かが引き戻した。



「いかなくていい」



続いて後ろから勢いよく飛び出した一陣の風。



「いけいけどんどん!!」



敵をばったばたとなぎ倒すのは。



「小平太・・・・」



の背中を支えつつ、時々小平太の援護に縄標をふるうのは。



「長次・・・っ」
「・・・4人は無事だ」



長次が静かに告げる。

帰りが遅い学級委員長委員会を心配して小平太と長次は裏山まで迎えにきていた。
そして、息も絶え絶えな後輩に遭遇する。
最上級生の姿を見るなり、一年生二人はぼろぼろ泣き出した。



先輩が!!
助けてください!!!



は獣のごとく暴れ回る小平太を眺め、ほうと息をついた。



「そっか、大丈夫か」
「ああ。・・・も、もう大丈夫だ」



長次の声はまさに、小平太が全ての敵を倒し終わったそのときに発せられたものであった。



「さあ、帰ろう。!」



小平太が太陽の笑みを浮かべる。

お前。
俺がそいつ等にどんだけ苦戦したか・・・。
一撃で全員伸しちまいやがって。

色々と嫉妬が渦巻いたが、すぐにおさまった。
考えても仕方がないこと。
と小平太は違う人間なのだから。



「うん・・・帰ろう」



言うのが精一杯で、長次に負ぶわれて学園に戻る結末にたどり着くのはその3秒後。









<END>



カウンターの40万をふみなさった月見屋さんリクエストその一。
水色の世界で「風邪引きなどなどの理由で絶体絶命のを颯爽と現れ救出する長次と小平太(って感じでしたよね・・・?)」でした。
遅れて登場するにもほどがありますか?
さらに撃退早すぎますか?
いやいや、だって暴君にかかればが苦戦していた相手だってなんのそのでしょう。きっと。

書きながら、六ろ好きを再認識。
愛しいよ彼ら。

リクエストありがとうございました!