こんな毎日が本当は大好き。














「長次知ってるか?」



座って本を読んでいた長次の視界に、ひょっこりと人の足が現れた。

それは、水色井桁模様。
同級生である証だ。
その、膝の辺りまで伸びている長い髪の持ち主を、長次は一人だけしか知らない。

長次が視界を上げていけば、日向ぼっこをしている猫のように目を細め、口は弧を描いる少年の顔があった。
その表情をしている時の友人 に関わり、長次は毎回ろくでもないことに巻き込まれている。

昨日は、『六年生の先輩が水の上を走っていたんだ! 俺にもできるかな!!』と、意気込みながらやってきたは突然長次の手を掴み、何の道具もなしに池に突っ込んだ。
もちろん、ずぶぬれだ。二人して。

その前は、学園長の髪の毛が本当に地毛なのか確かめたいとかで、夜中に忍び込み、夜回り中だった山田先生に見つかって大目玉を食らったりもした。
山田先生のゲンコツはとても痛かった・・・。

その他にも。
野外練習に出て、『少しだけ寄り道したい!』と言われしぶしぶ従えば山賊に遭い。
山を歩けば猪に追われたり、迷子になったり。

全てが全て、と・・・。



、調べてきたぞ。今日の見回りは厚着先生だ」



長次たちの長屋の戸をけたたましく開け放った七松小平太と、3人で行動する時が多い。

厄を呼んでいるのがなのか小平太なのか定かではないが、とにかく、碌なことがおきない。
入学して2ヶ月。
生傷が絶えず、中々苦労をしている。
けれども、何の縁か、この3人は長屋で同じ部屋だから、離れることはできない。
否。長次は、辛い目にあっていても、この3人で行動することが好きだった。

口下手な長次の声を、は絶対に拾ってくれる。
無表情だと同じ組の子にも怖がれる長次の些細な違いに、小平太は気付いてくれる。
それが 長次の心の支えになっていた。

は、小平太の報告を聞き、心得たとばかりに左の拳を右手のひらにパンと当てた。



「厚着先生か。大きい壁を越えてこその夜間練習だな!」



「やるぞー!」と、が腕をならせば、感化された小平太が「いけいけどんどーん!」とお決まりの掛け声。
今すぐにでも外に飛び出そうとする二人に、長次は慌てて待ったをかけた。



「・・・・夜間練習?」



1年ろ組の中で一番に寝つきがよく、寝ることが3度のご飯の次に好きなんじゃないだろうかと思うぐらい授業中のうたた寝の回数が多いと小平太が夜間練習?
・・・・起きていられるのだろうか。

とは口に出していないはずだが、小平太は返答してきた。



「できるできる」



太陽のような明るい笑顔で。



「文次郎もできるんだから私たちにもできるさ」



言った。

不意に名前が上った1年い組の潮江文次郎。
1年生の誰よりも忍者になる意気込みが激しく、目の下にいつも隈をこしらえている少年だ。
夜間練習をしているのならばあの隈の説明がつく。
しかし、どうして潮江が夜間練習をしていると分かるのか。

尋ねる前に、今度はが言う。



「4日か前だったかな、夜中に屋根で物音を聞いて起きたんだ」



その物音というのが、文次郎が屋根の上を音を立てずに走る練習をしていたとき、足を滑らせてこけた音だったらしい。
お化けかとわくわくして屋根に上ったと小平太が足を押さえてもんどり返る文次郎に会ったというのが、今回の夜間練習をやることにしたきっかけという。

この二人のことだ。
『夜の秘密の練習』の響きに格好良さを感じて、自分達もしたくなった。
大方 こんなところだろう。



「何時まで練習する?」
「それより、何を練習するのかを決めるのが先だろ」



は長次の左に座り。
小平太は右に座った。
長次を挟んで言い合うその声はとても大きなものだったから、耳がキンキンしてきた。



「あー、長次。しっかり計画立てないと危ないんだから聞いてよ」



耳を塞いだら、にのけられた。
かといって 小声にする気は二人ともないようだ。



「何の練習する?」
「私はバレーしたいな」
「バレー? 小平太は本当にバレーが好きだなぁ。・・夜中だと転がったボールを捜すのが大変だから却下」
「えーーっ」



小平太は頬を膨らませた。
じっと見ていたものだから はたと目が合った。

あ。
話が振られる。

気付いたときには遅し。
小平太の顔が輝いていた。



「長次は何を練習したい?」
「そうだよ。長次は何をしたい?」



も水色の目をくりっと向けてきた。

異人の血を引いているの瞳は空のような水色をしている。
見慣れているはずなのに、いつ見ても新鮮な感じを覚え ついつい見とれてしまう長次だが、は「ねえ」と、長次の返答を迫った。


長次はしばらく考えて、口を開いた。



「体力づくり」



きっと、体力が化物級な二人には物足りないだろう。
しかし、二人についていくのに毎回必死な長次には重要なことだ。
・・・反対されるだろう。

そう踏んでいた長次だったが、反してと小平太はその通りだ、と手を叩いた。



「内緒のトレーニングの代名詞といえば走りこみだよな!」
「思い起こせば、文次郎がしていたのもランニングだった」



二人は口々に言い合うと、長次に向かって笑いかけた。



「さすが 長次だな!!」



何だか気恥ずかしくむず痒くて、長次はどこまで読んだのかとっくに分からなくなってしまった本を、でたらめに開いたのだった。












追記しておくと、この日の夜間練習は失敗に終わった。
小平太の「いけいけどんどん」の掛け声が厚着先生の耳に聞こえてしまい。



「お前ら、明日の筆記テストの勉強しないでどういうつもりだー!」



と、ゲンコツを貰うはめになったのだ。



「・・・つぎに夜間練習するときは、時と場合を考えようか」



涙目で頭を押さえるに、長次と小平太は同じように涙目で同意の返事をしたのだった。














END



こんな子達です。