こんな二人の間柄
大きな爆発音が学園に鳴り響いた。
はその音を保健室で聞いた。
「何だ?」
伊作に包帯を巻いてもらったは、弾かれるように顔を上げた。
開けたままの障子から、外を覗いてみる。
競合区域で、煙が上がっていた。
「ありゃあ、焙烙火矢の煙だな」
が呟くと、伊作が「へぇ」と笑う。
「もしかして仙蔵かな」
「そういや、い組は競合区域で実習だったな」
仙蔵は火薬の武器の扱いにおいては、先生に引けを取らないほどの実力を持っている。
彼はその中でも、焙烙火矢を好んで使用する。
それで、焙烙火矢の煙イコール仙蔵の方程式が出てきたのだ。
「文次郎でも焼いたかな?」
「あはは、ありえるね」
などと、笑いあったと伊作だが。
「あーん。ごめんなさーいっ!」
幼い泣き声に、笑顔が引きつった。
いつもは冷静沈着で天才的能力を発揮する仙蔵だが、今年、弱点ができた。
一年は組のよい子二人。
福富しんべヱと、山村喜三太だ。
この二人は火薬な厳禁な水気、鼻水とナメクジがトレードマーク。
仙蔵との相性がいいわけがない。
二人の前ではクールも形無し。
プツンと怒髪天突けば、鬼と化す。
今回もそのようだ。
競合区域からドーンドーンと、爆発音が連続して響いている。
逃げる二人に投げている音だろう。
確信したと伊作はすくりと立ち上がると、競合区域に駆け出したのだった。
競合区域は大いに荒れていた。
地面はところどころ穴が開き、煙が立ちこめ、木が倒れている。
そんな混沌の中、火矢を両手に持った仙蔵がしんべヱと喜三太を般若の表情で追いかけていた。
ご自慢のさらさらストレートヘアが、いまやタコの足のようにウネウネと絡み合っていた。
どうやらしんべヱか喜三太にか。はたまたその二人ともにか。
火矢で自爆せざるおえない状況になったようだ。
「派手にやってるな」
と伊作は近くの木の影に隠れた。
ドーンドーンと、仙蔵は絶え間なく火矢を投げてはいるが、まだ理性は残っているらしい。
当てていないのがその証拠だ。
その気ならば、一年生の二人はとうに召されている。
はため息をつくと、少しでも身軽になるために、くないと手裏剣以外の武器を地面に置いた。
「いつものようにいこう」
「うん」
は立ち上がると、音もなく木の上に昇り、三人が走り回っている様子が一番よく見える枝に腰を落ち着かせた。
左手にくない、右手には手裏剣を構え、仙蔵が火矢を投げる瞬間を狙う。
「しんべヱぇぇ! 喜三太ぁぁ!!」
チリッと火矢の導火線に火がついた音を、の敏感な耳が捉えた。
すかさず、手裏剣を仙蔵の足元めがけて投げる。
突然の襲撃に、仙蔵は反応せざるおえない。
火矢を投げようとした格好のまま後ろに避けた仙蔵に、次はくないが襲撃してきた。
掲げている火矢に見事くないが刺さり、仙蔵は二度目の自爆を味わうこととなった。
「ええっ!」
しんべヱと喜三太がびっくりして振り返る。
首を傾げる良い子二人と違って、仙蔵は攻撃をした人物を認知していた。
一度目の襲撃に使用された手裏剣は好んで使う者が少ない、特殊な形の、しいて言えばが愛用している手裏剣だったのだ。
爆発の余韻が残る煙の中から現れた仙蔵は、地を這うような声を出した。
「・・・・」
その目はのいる木の上を、しっかりと見据えていた。
はひょいと軽い動きで木から飛び降りた。
「ああっ! 六年ろ組、学級委員長委員会の委員長、先輩!!」
「紹介どうもありがとう、喜三太」
は目にかかった前髪を払いのけ、キラキラした瞳を向けてくるしんべヱと喜三太に笑いかけた。
楽しくないのは仙蔵だ。
「何のつもりだ!」
「何のつもりって」
はわざとゆっくり仙蔵を振り返った。
「優秀な仙蔵先輩に教えてあげたんだよ。 ス・キ・だ・ら・けってね」
仙蔵のどこかがビキッと音をたてた。
「ーーーーっ!!!」
仙蔵の両手に火矢が現れた。
待ってましたと、は仙蔵に向かって走り出す、学年一の脚力を利用して大きく跳躍する。
そして、仙蔵の頭上を飛び越えて、しんべヱと喜三太のいる場所とは正反対に逃げ出した。
「当てれるものなら当ててみなー」
振り返りざまにあかんべえをすれば、火矢が5つ同時に投げられた。
そこまで燃えさせる気はなかったのだが。
は右へ左へ体を反復させながら、火矢を避けた。
「おのれ ちょこまかと!!」
「逃げるに決まってんだろ。仙蔵みたいな頭になりたくないからな」
「私だってなりたくてなったんじゃなーい!」
火矢三連発を側転で避けたは、視界の隅で伊作がしんべヱと喜三太を抱えて逃げていく姿を見た。
何とか危機は脱したようだ。
ホッと息をつくに、仙蔵が怒鳴る。
「何をよそ見している!」
爆発音が一つ。
被爆範囲から逃れられなかったは長い髪の先を焦がしてしまった。
「ゲッ! 三郎にどやされる!!」
五年は組の学級委員長 鉢屋三郎はの長い髪を触ったり握ったりすることがお気に入りだ。
以前、が数日にも渡る長期課外授業から手入れも何もあったものじゃない髪で帰ってきたのを見て、正座の上2時間おいおいと嘆かれた。
本当にあれは辛かったのだ。
もうあんな思いはゴメンなのだ。
「やったなこの!」
は両手に十本以上のくないを掴み、一気に乱射した。
対して仙蔵は火矢を乱射。
二人の中心で大きな爆発が起きた。
けれども、その余韻が消えるのを待たずにはその中に突っ込み、ぼんやりと映る仙蔵に向かって拳を突き出した。
「くっ!」
仙蔵は間一髪で拳を受け流した。
離れざまにお釣りの蹴りを返すが、鸚鵡返しにの蹴りが舞う。
思わぬ反撃に仙蔵は目を大きく開いた。
は通常、サポートに回る援護組なのだ。
肉弾戦に慣れているなど、思いもつかなかった。
「接近戦は苦手なはずだろ!!」
苦し紛れに仙蔵が叫べば、は口に弧を描いた。
「忘れたのか仙蔵」
は中距離戦にもっていこうと後方へ下がる仙蔵にピッタリとついて離れない。
耐えない応戦に流石の仙蔵も汗を流す。
「俺は断然接近戦ってな」
俯くからは、ひゅうと乾いた息が漏れた。
「・・・いつもすまない」
全身ボロボロの状態で地面に寝転ぶ仙蔵が呟けば、同じように全身ボロボロで、しかも息も切れ切れのが笑う。
「いいってことさ。俺のストレス発散にも丁度いいんだ」
呼吸器に障害ができるまでは、は小平太に負けず劣らない体力自慢であった。
それが、突然サポート役に徹しなくてはならなくなり、運動することさえも制限され続けて、精神的に参らないわけがない。
はじめは学園長からアルバイト代わりに受ける過酷な任務でストレスを発散していたのだが、そんなことをして小平太や長次がいい顔をするわけもなく。
どうしたものかと考えていた時に、既に恒例になっていた仙蔵と厳禁一年生との騒動のストッパー役が飛び込んできたのだ。
仙蔵は他のどの友人とも違い、に手加減をしない。
それがかえってありがたかった。
たとえ、いちいち過呼吸になろうとも。
「戻ったらちゃんと薬飲めよ」
「あれ、苦いんだぜ」
クスクスと二人が笑いあえば、遠くから呼ぶ声が聞こえてきた。
「ーっ!」
「仙蔵ーっ!」
は安心したようにそっと目を閉じた。
仙蔵は痛む上半身を起き上がらせ、駆けてくる小平太と伊作を見た。
そしてハタと気付く周りの惨劇。
くないが刺さり、手裏剣はあちらこちらに散らばり、火矢で開いたクレーターが無数に点在する競合区域。
「・・・・留三郎にどやされるぞ、これは」
お前らー!
ここを元に戻すのが用具委員と知っての狼藉か!!
そう叫ぶ留三郎が容易に想像できた。
「そんときゃ二人で怒られような」
はカラカラと笑ったのだった。
<END>
原作とアニメでは仙蔵のイメージがなんとなく違っていて、どうすればいいのか時々分からなくなります。