「一番乗りーーっ!」
二年ろ組の扉を力任せに開いた小平太は、しかし一番乗りでなかったことをすぐに知った。
教室には既に、長次の姿があったのだ。
小平太は一番乗りではなかった悔しさと、友人との再会の喜びとが相まって、変な笑顔を浮かべた。
「久しぶり長次!」
「・・・ひさしぶり小平太」
長次の声は去年と変わりなく聞き取りにくい小声であった。
しかし、注意深く聞いていれば何の問題もない。
小平太は長次を上から下まで眺め見て、「よし」と頷く。
去年までの井桁模様は消え、深い青色の服に変わっている。
それは二年生の証であった。
「とっても似合ってるぞ」
「・・・小平太も」
長次はほっそりと嬉しそうに微笑んだ。
「長次ーっ! 外を見てみろよ!!」
そんな、和やかな雰囲気を一気に吹き飛ばしたはねるような声。
突然、窓にの顔が現れた。
屋根に体を預けているのだろう、その顔は小平太から見ると逆さまであった。
長い長い髪が下に垂れ下がっている。
頭に血が上りそうだ。
しかし、そんなことも関せずは小平太がいることに気付くと、やあと手を振った。
「小平太もついたんだな」
この言葉から小平太は自分が2番乗りですらない、3番乗りであったことを知った。
「二人とも屋根に上りなよ。入学してくる一年生がよく見えるぞ」
言うが否や、の頭は屋根に消えてしまった。
小平太と長次は互いの顔を見合わせると、どちらからともなく頷きあい、の待つ屋根へ上ったのだった。
春の風が小平太の髪を撫ぜる。
桜の香りを包んだ風はとても心地よい。
瞬きをした小平太は屋根の一番高い場所に座り、一心に門を見下ろすの姿を発見した。
「表の門だよ」
二人が上がってきたのを見て、は笑顔で手招きをする。
なるほど。
屋根からは緊張した面持ちでやってくる子供たちの姿がよく見えた。
こわばる顔に反し、瞳はどれも輝いている。
その姿はとても・・。
「かわいいよな」
は肘を膝に乗せて、にこにこ笑っている。
元々はよく笑う子だが、ここまでほころんでいるのは珍しいことであった。
小平太はの顔を覗き込んで、聞いた。
「は年下がそんなに珍しいのか?」
すると、は間髪いれずに頷いた。
「うん。オレは末っ子だから、オレよりも小さい子が一緒の場所にいるのって、とても新鮮だ」
「・・・そういうものか?」
長次の問いにまたは「うん!」と頷き、口元を緩ませ、鼻歌まで歌う。
たくさんの兄弟と町の友達に囲まれていた小平太にとってみれば、年下は珍しいものではない。
自分が先輩になることに関しては感慨深いものではあるのだが、のように両手で喜ぶほどでもない。
小首を傾げた小平太は、しかしが幸せそうなのだから、それで十分だと思い直し、ヘラリと笑った。
その瞬間だった。
「こるぅあああああーーーっ!!」
轟音とともに雷が落ちた。
大声に驚いて体を浮かせた三人は、長次が足を滑らせたのをきっかけに、長次と手をつないでいた。
の肩に手を乗せていた小平太と将棋倒しに屋根をコロンと転げた。
「だああ!? 全くお前達は!!」
大声を上げた主は、転がる三人を慌てて抱え込んだ。
「こうなると危ないから屋根にむやみに上るんじゃないと、何度言ったら分かるんだ」
その人は、今年は二年ろ組。
三人組の所属クラスの実技担当の担任になった山田伝蔵であった。
「あ、こんにちは山田先生」
「三人揃って何をのんきに挨拶を・・・・」
伝蔵はハァと大きなため息をついたのだった。
「これから一年もの間 お前らの面倒を見ることを考えると、頭痛がする思いだ」
「またまた、山田先生。肩を震わせるほど喜んでくれなくてもー」
ケラケラと笑ったの頭にゲンコツが落ちるのは必然であった。
<END>
新学期が始まったので水色でも新学期を載せてみました。
屋根は危ないですからね。よい子はまねしちゃいけません。