追いかけられる水色














「ずーっと。誰かに見られているみたいなんだ」



は小平太と長次にいきなりそう切り出した。
小平太がこくりと首を傾げる。



「誰かって?」
「誰か分からないから誰かなんだよ」



は深いため息をついた。

曰く、誰かに見られているようだと初めて感じたのは五日前。
廊下を歩いていて。
ご飯を食べていて。
自主トレをしていて。
風呂に入って。
色々な場面で人の視線を感じる。
当初は気のせいだと思って黙っていたらしいのだが、どうもそうではない様子。
五日目の今日、流石に気味悪く感じて二人に助けを求めた、と言う件らしい。

それ聞いて、長次が小さく呟いた。



「今は感じるのか?」
「ううん。感じない」



は首を振った。
すると、長次は忍たまの友に目を戻しながら言う。



「なら、犯人は一年ろ組の中にはいないな」
「え。何で分かるの?」



がきょとんと問いかける。
となりの小平太がビクリと固まったのだが、そのことにと長次は気づかない。
長次は「だって」と続けた。



「今の時間、どの学年も学級も学科授業中だから、この場には実質一年ろ組の生徒しかいない。今、その視線を感じないんだとすると、その誰かはここにいることができない人物だということになる」
「おー。なるほど」



そんな二人の頭上に影が降りた。
影だけではなく、霊魂も。

何事だと顔を上げたと長次を、斜堂先生が見下ろしていた。



「授業中と承知でお話しているのですか」



ヒュードロドロと効果音がつきそうな声音。
青白い顔に見つめられ、と長次はものの見事に固まったのだった。










「とにかく、その問題はどうにかして解決しよう!」



斜堂にこってり叱られて、やっと開放された三人組は廊下をずんずん歩いていた。
昼食を食べるために食堂へ向かっていたその時に、はやはり視線を感じた。
は隣を並んで歩いている小平太の服の袖をそっと引っ張った。



「見られてる」
「どこ?」



小平太は周りを見渡そうとしたが、長次に止められた。



「こっちが気付いたと知ったら、逃げるかもしれない」
「なら、どうやって解決するんだ。見ないと誰か分からないぞ」



小平太に反論されて、長次はしばらく思案し、二人に耳打ちした。



「相手が姿を見せるようにすればいい・・・・」



長次の提案に、と小平太はなるほどと頷いた。



「それでいこう!」
「やろうやろう」



はお腹を押さえると、わざと大きな声を上げた。



「あー、お腹すいたな!」



それに合わせて、小平太も叫ぶ。



「ようし、食堂まで競争だ!!」



がパッと駆け出せば、慌てて小平太が、長次が追いかける。



「待ってよ!」
「早くー!」



三人はそうやって廊下の角を曲がると、すぐそこにあった手ごろな空き部屋に駆け込んだ。
そして、息をひそめていると、一人の少年がその前を慌てて通り過ぎた。
は「あっ」と声を上げそうになり、小平太に口を押さえられた。

足音が遠のいてやっと、小平太がの口から手をはなす。



「知っている人だった?」
「・・・同じ井桁模様、一年生だったな」



長次と小平太がを見るが、は首を傾げて眉をそばめていた。



「うん。やっぱりあの子だ。でも、何で・・・」
「知り合いなのか、そうじゃないのか」



小平太に詰め寄られ、は困惑の表情を浮かべた。



「だって、一度話しかけられただけなんだ。この間の『1年生クラスごっちゃまぜサバイバルレクリエーション』の時に。んで、ちょこっと戦っただけの間柄」



サラサラな黒髪に、端正な顔立ちの少年。
いきなり火矢を投げられたことも、元来なら他人を覚えられないが彼を覚えている理由の一つだった。
長次が首を傾げる。



「なら、どうして関わりのないを見張っているんだ?」
「俺が聞きたい」



うーん、と。
三人は腕を組んで、頭を悩ませた。
ハッと、が顔を上げる。



「文次郎はあの子と知り合いだ」
「文次郎が?」



長次と小平太に見つめられ、はうんうんと頷く。



「文次郎に聞いたら分かるかも」



は長次と小平太の手をにぎって、走り出したのだった。














文次郎は簡単に見つかった。
朝食を食べ終え、忍たま長屋に戻る最中だったようだ。
のんびり歩いている後姿を発見し、ろ組の三人は文次郎に一直線に走り出した。



「文次郎!」



大声で呼ばれ、文次郎は飛び上がるように後ろを振り返る。



!?」



顔を引きつらせるが時既に遅し。
すれ違いざまに文次郎は3人に腕を掴まれ、一年ろ組の忍たま長屋に押し込められた。



「あの子なんなの」
「・・・は? あの子って、誰のことだ」



いきなりに迫られ、文次郎は眉をそばめた。
脈絡もなくそれだけ言われて、分かるわけがない。



「えっとね。『1年生クラスごっちゃまぜサバイバルレクリエーション』で文次朗のペアだった子のことだよ」
「・・・あぁ」



文次郎は合点がいったと頷いた。



「立花仙蔵のことか」



すると、長次がかすかに目を見開いた。



「見たことあると思ったら、い組の“あの”立花仙蔵だったのか」
「えっ。長次、知ってるの?」
「ん? 俺もその名前聞いたことあるぞ」
「え!? 小平太も?」



口々に言い合う三人を見て、文次郎は口元を引きつらせた。



が知らない方がおかしいんだ。・・・まぁ、それはさておき、仙蔵がどうした」



は待っていましたとばかりに身を乗り出した。



「何故かこのごろ俺をずーっとストーカーしてるんだよ! 理由知ってるかなぁとおもって」
「知ってる」



文次郎は即答した。
その目は遠い、はるか遠いどこかを見つめていた。



「俺とアイツは同室だからな。よく愚痴を聞かされている。が、ストーカーをしているという話は聞いてな・・・・」



文次郎は話しながらの方を見つめ、ふいに押し黙った。
は首を傾げた。



「文次郎、どうしたの?」



問うが返事はなく。
ただ、代わりに文次郎はの後ろを震える手で指差す。
不審に思った ろ組3人は顔を見合わせ、背後を振り返った。

目に映ったのは。
水色に井桁の模様の制服。
そして、のものとはまったく質の違う、漆黒で艶めいた髪の少年。

噂をすればなんとやら、立花仙蔵がそこに立っていたのである。



「ななななな何の用だ!?」



はばねのように飛び上がり、慌てて長次と小平太の背後に隠れた。

俯きかげんのその顔は、しかし、いびつに歪んだ瞳をあらわにしていた。
笑っているようにも見えるが、何故なのか暗黒の雰囲気しかしない。

仙蔵は自慢のサラサラ髪をなでて、をびしっと指差した。



! 貴様に勝負を申し込む!!」
「はあああぁ!? 何、何なの。どういう意味なの!?」
「とぼけるな!!」



そういうと、仙蔵は懐から何かを取り出し、4人に突きつけた。
その何かを覗き込み、文次郎は瞬きをした。



「学期末の総合テストだな」
「そうだ」
「それと俺と、一体どういう関係・・・」



眉をひそめたは、採点の終わっている総合テストの順位を見てしまった。

2位。
と、堂々と書いてあり。
あれ?と気付く。

小首を傾げたのかわりに、小平太が声を上げた。



「あのテスト、が一番取ったやつだよな」



とたん。
殺気が周囲に満ち溢れた。
毒々しく、息をすることさえも苦しいその気配は仙蔵を中心に渦巻いていた。



「そうだ。この私が、二位だったんだ!!!」



仙蔵が吼える。
あまりの気迫に、4人は一歩後ろに下がった。



「入学テスト、中間テスト、教科、実技ともにすべてにおいて一位を独占していたのにひょっとでてきた !!!」
「は、はい!?」
「お前に、最後を飾る学期末テストを抜かれたのだ!!」
「それがストーカーの理由!? それだけで!?」
「勝負する機会を窺っていたと言え。さあ、武器を構えるがいい、まずは実技からだ!!」



仙蔵の手には既に焙烙火矢があった。
4人はギョッと目を剥いた。



「ここ室内ーーーっ!!」



一年ろ組のトラブルメーカー三人組の部屋で、大きな大きな爆発音と、煙が上がった。

は死に物狂いで扉を蹴破り、外に飛び出した。
その後を鬼の形相の仙蔵が追う。



「逃がさん! 勝負しろーーっ!!」
「ひいいぃいぃいい! 勘弁してぇええ!!」























END


それゆえ毛嫌いされております。