居心地が良いから、傍にいて














知らない人の足音が近付いてくる。
乱暴な、温かみの全くない足音が、大好きな家の中を荒らす。

男はがたがたと震えるまだ幼い童と、その童を守るように抱きしめる少年の頭を優しく撫でて、言う。



しずかにしていなさい。
そうしたら、だいじょうぶだから。



幼い童は男を見上げ、いやいやと首を振る。
少年の腕の中から出て、男に近付こうともがくが、体格差がありすぎる。
男は笑みを浮かべ、童から少年へ目線を上げた。



―――よ。しょうちだろう?
けっして かくれどから でてはいけないよ。
こえを だしてもいけないよ。
おまえはいきて、おとうとをまもるんだ。



男は少年が頷くのを見届け、柱の一本を力強く引いた。
巨大に見える柱はそう見えるだけの作り物であり、その裏には細身の女人が一人入れるほどしかない空間が現れる。
男は少年と童を中に入れ、自らは部屋に留まった。
重い音を立てて柱が降りる。

暗闇に包まれた少年と童は、男の声を聞いた。



いつもしている かくれんぼだ。
みつかってはいけないよ。



足音はやがて、部屋の前で止まり。
障子を破って進入してきた。

刹那、金属音が響く。

それは幾重にもわたり鳴り合い。
何者かの舌打ちとともに途切れた。

童は暗闇の中に光を見つけた。
そこに、見知らぬ黒ずくめの何者かと男の姿を見つけた。

口を開いた童を、少年の手が覆う。
漏れた空気はまたの金属音に消された。

宙で銀の光が舞う。
それは線香花火のように、小さく苛烈に舞う。

そうして、終わりは唐突にやってきた。
二人の動きが同時に止まり。

倒れたのは、男のほうであった。

童は見た。
童が少年の腕で暴れたとき、男がその一瞬だけこちらを見た。




みつかっては、いけないよ。




瞬きの間に男は自らの顔を突き刺して、動かなくなった。

黒ずくめの者が慌てた様子で男の顔を持ち上げるが、それはすでに認識できるものではなく。
小さなため息が黒ずくめの者から吐き出され、無音の室内を覆った。

童の瞳から涙が出た。
ほろりと出てきたのを最初に、まるで滝のように涙が出る。
滲む視界の中 視覚はきかず、代わりに五月蠅いほどの騒音が童の脳を揺らす。

何者かの息遣い。
男の首を切り落とす音。
袋に詰める音。
そうして、部屋を出て行く足音。

童はそれらを、聞こえなくなるまで聞いた。
離れていく足音を、涙を流しながら聞いた。














?」



静かな声がの眠りを妨げた。
ビクリと体を震わせ覚醒したの額を、ひやりと涼しい手が撫でる。

不気味に揺れていた視界が、おさまってゆく。

そこに、中在家長次の顔があった。
何も言わずに、を撫で続ける長次の手が見えた。



「起きた?」
「うん。おはよう」
「おはよう。もう、昼間だけれど」



長次の声音が困ったように動いた。
それを聞きとめ、は瞳を長次からはずした。
太陽の光を遮断する木の葉が見えた。

あぁ、と思い出す。
昼寝をしていたのだ。
実技の授業が骨の折れるものだったから、昼ごはんを食べてすぐに外に出て手ごろな木を見つけて、その木陰で昼寝を始めたのだ。
ひとりで、寝ていたはずなのに。

不思議に思っていたのが伝わったのか、長次はを見下ろして呟いた。



「寝ているのを見つけた」



そして、少しの間躊躇し、長次はこう続けた。



「うなされてた」



は顔をゆがめた。
脳裏で何かがちらついたため、気付く前に逃げ出した。



「悪い夢を見ただけだよ」
「そうか」



長次の手はやまずを撫で続ける。
これが心地よくて、は目を閉じた。

暗闇に、もう足音は聞こえない。



「授業までまだ時間がある」



長次が言う。
その手が、瞼に落ちる。



「そばにいてくれる?」
「ここにいる。だから」




もう、大丈夫だよ。
遠のく意識の向こうで、長次が笑ったのを、は見た。
















END




主人公の過去をちょっと。