言ったら最後












雨が止まない。
桶をひっくり返したかのような大雨が、空を覆い、視界さえも霞ませる。
その雫の中に、鮮明な赤が混じっていた。

震える手で長次は縄標を投げ続けた。
幾重にも突き刺された的はすでに見る影もなく。
それでも長次はそこに向かって投げ続けていた。
手元が狂って、自らの皮膚を傷付けても、それでも。



「長次、長次」



ふいに、暖かい手が縄標を持つ長次の手を掴んだ。



「長次、だめだよ」



長次の名を呼び続ける声は、何故かくぐもっている。

おかしいなと長次は思った。
この声は、親友の小平太のものだ。
いつも元気で、明るくて、大声の彼のものであるのに、涙でぬれているようである。

長次は小平太の顔を見た。

泣いていた。
涙と鼻水と雨で、小平太の顔はぐしゃぐしゃになっていた。
それでも、その目は太陽のように真っ直ぐに輝いていた。



「怪我をしてる。雨も降ってる。風邪を引いちゃうよ。戻ろう」



諭すような静かな声に、長次は首を振った。

いやだ。
あの部屋には帰りたくない。
長屋には帰りたくない。
だって。
彼がいない。

がいない。

巻物を忍術学園に持ち帰るだけの簡単なおつかいであったのに。
何を間違ったのだろう。
どこで間違ったのだろう。

プロの忍者に襲われて、応戦して。
得意の縄標を投げて。
いとも簡単に避けられた。
反応もできない速さで投げつけられた手裏剣を、その体で受け止めたのはだった。

それは、長次が当たるはずのものであったのに。



「・・・鍛錬しないと」



長次は小平太の手を振り払って、縄標を投げた。
手元に戻す時に、頬に熱が走ったが気にならなかった。

だって、まだ的は完全には壊れていない。
壊さないと。
が、あいつに倒されてしまうのだ。
あの一発で、倒さなければいけなかったのだ。



「長次・・・・」
「弱かったせいだ」



びゅんと、縄標が的に向かう。
しかし、もう元の大きさの半分に満たなくなった的に当てることは困難だ。
しかも、何時間も投げ続け大雨に体力を削られた状態で集中力が万全なわけがなく。
大きくはずれた縄標が隣の木を傷つけた。
深くまで刺さってしまったようだ。
縄標は引っ張ったくらいでは戻ってこなかった。

小平太が長次の正面に回りこんだ。



「大丈夫」



その手がまた長次の手を覆う。
今度は力がこもっていた。



「大丈夫だ」



血でぬれた手を、小平太が握る。
降り止まぬ雨によって、長次の血が小平太にまで流れ行く。
二人の手が、紅く染まった。



は、先生が助けてくれる」




小平太の目は、保健室に向かっていた。



「でも・・・・・・怖い」



長次の前に立った
少し小さなその体が傾き、長次が支えても、地面に倒れ掛かってしまった。
苦痛に顔をゆがめたのその喉に、手裏剣が刺さっているのを、長次は確かに見た。



そこに、長次は確かに死神の足音を聞いた。

怖い。
怖い、こわい。



はもしかしたら たす」
「長次」



唐突に小平太が長次に抱きついた。
否、しがみ付いたと表現してもいいほどの力だった。



「それ以上、言っちゃだめだ」



がたがたと、体が揺れた。
それは小平太が震えていたからであった。
が、同時に長次は気づいた。

自分も、震えていた。



「大丈夫だ。そうじゃないわけがない」



そうじゃないなんて、許さない。

絞るような二人の泣き声は、大雨に消されて、誰の耳にも届くことはなかった。

















END




元々書く予定にしていた話でしたが・・・。
心配を通り越して、死にそうになってる ろ組ですね。ちょっとリク失敗?