その時はまだこないよ
楽器の調律のために人気のない裏裏裏山にやってきたは、木の陰に黄緑色の塊を見つけた。
どう考えても一学年下の制服である。
膝を抱えて、顔を埋めている。
一定の間隔で震えているところをみると、泣いているようだ。
その独特な漆黒の長髪をした後輩を、は一人だけ心当たりがあった。
「・・・兵助?」
呼びかけると、少年が顔を上げた。
やはり、三年い組の久々知兵助であった。
パッチリした瞳から、ボロボロと涙がこぼれている。
何がそんなに悲しいのか。
・・放っておけないな。
は足音をわざと立てながら、兵助に近付く意思を伝えた。
逃げないから、寄ってもいいのだろう。
そう判断し、兵助の隣に座る。
いきなり「どうしたんだ?」なんて話しかけるのは野暮だ。
ここは落ち着くまで何もしないのが吉であろう。
は兵助の頭をポンポンと叩くと、元々の目的だった楽器を膝において吟味始めた。
古い古い琵琶。
学園長の友人が戦の褒章でその昔に貰ったものだとか。
大嫌いな猫に驚いて落とした拍子に音がおかしくなったとか。
そんなことはどうでもいい。
にとって大切なことは、この琵琶が生き返らせることと、バイトのお駄賃をもらうことであるから。
ベンベンと、ひとつひとつ音を出してどこを修正するべきか思案するに対して兵助が口を開いた。
「慰めてはくれないんですね」
「ん? 慰めて欲しかったのか?」
は兵助の方を見ずに返す。
琵琶のあちらこちらを触っては削り、かと思えば弦をつけ変えて。
ビュンと、不安定な音が響いた。
「兵助のその顔は慰めて欲しいって顔じゃない」
ベン。
琵琶がなる。
「なあ、兵助」
すこしずつ琵琶が元の輝きを取り戻してゆく。
「怖がるな」
兵助が息を呑んだ。
それに気付いておきながら、はやはり琵琶にしか目を向けない。
「まだ、お前は三年生だ」
は三郎から兵助の様子がこのところ おかしいのだということを聞いていた。
不安げな表情をするのが実技授業のあとだということも。
泣きそうにするのも一週間のおわりだということも。
その感覚に、は覚えがあった。
「おわかれは まだまだまだまだ、先だ」
難儀なことだ。
頭のいい兵助はその年頃の子どもよりも早く、気付いてしまった。
卒業した後のことを考えるなど。
早すぎた。
答えは、出ない。
出ようはずもない。
彼はただ、行き当たってしまった不安に、途方にくれているだけであって。
実際にその岐路に立ったわけではなく。
すぐに解決しようのないことであるのだから。
「・・これでいいか」
ベン。
透き通るような音が、静かな森に響く。
は満足げに一つ頷き、そうしてやっと兵助を見つめた。
「寝てないんだろう? 子守唄を歌ってやろう」
兵助の頭を撫で、はすうと息を吸った。
<END>
なぐさめません。
主人公は考えさせる人間です。
※暗い内容にしておきながらこの連載では卒業ネタなど一生書きませんけどね。
はてさて。久々知くんは書くのが難しいですな。
要修行といったところでしょうか。こんなんですが、リクエストに添えてますでしょうかね?