猛獣注意報
雨がやまない。
梅雨にはいると、忍術学園の晴れの日は数えるほどしか訪れなくなる。
されど、忍者たるもの天候に左右されることなく隠密行動ができなくてはいけないから、実技授業も野外演習も、よほどのことがない限り中止にならない。
「いけいけどんどーん!」
大雨の中でも小平太は常時と変わらず。
雨の冷たさでがちがち震える同級生をよそに、すでに走り回っている。
「ろ組整列ーっ!」
自らもずぶぬれになりながら、山田伝蔵が声を張り上げる。
すぐさま整列した生徒を見下ろし、山田は学園の塀の向こうに見える山を指さした。
「今日の実技は競争だ! 裏裏山のゴールに土井先生が立っているので、そこについた者から授業を終わっていいぞ」
生徒は歓声を上げた。
ついた者から終了ということは、うまくけばいつもよりも早く授業を終わらせるということだ。
裏裏山までぐらいならば、三年生になった彼にとってそこまで辛いものではないからだ。
早く昼食にありつける。
「しかーし」
山田が歓声をかき消す。
その手には巻物が握られていた。
「ただの競争ではないぞ。今日は二人一組のグループで行う。一班だけ三人になるが、まぁいつもの事だから問題ないな。草の中、木の上など、山の至る所にこのような密書を隠してある。その密書を二つ以上手に入れないと、ゴールについても認められない」
単純に早さだけではない、と山田が言う。
すると、火薬委員のが挙手をした。
「先生、質問です」
「何だ」
「二つ以上とおっしゃられていましたが、それは全てのグループが二つ以上手に入れることができるだけの密書が隠されているという事ですか?」
「まあ、そうなるな」
「それなら、取る際限はないんですか?」
すると、山田は呆気にとられ表情を浮かべた。
「お前は一体どれくらい取るつもりでいるんだ。・・・とりあえず、三十ほどは隠してある。それでも、独占して取ろうものなら、ゴールできないグループもでるかもしれんな」
はふうん、とイヤな笑みを浮かべた。
ろ組のみんなが、(長次と小平太をはずしてみんなが)真っ青になる。
はこういう勝負事がどんな実技よりも好む。
どこで培ったのか、体力が劣っても元からの体術は四年生のごく一部をのしてしまうほどの実力者で。
さらに耳がいいため罠を仕掛けても、背後から忍び寄ろうとしてもすぐに気づいてしまうのだ。
一番いい方法は、近寄らないこと。
これにかぎる。
よく言われることだ。
さわらぬ何とかに祟りなし。
「では、チームを発表する」
「はいはい、山田先生。私はと長次と一緒のチームがいいでーす」
小平太が元気に手を挙げる。
それを山田は一刀両断した。
「お前たち三人は別々のチームだ。今回は不慣れな状況での演習を目的としているからな。悪いが敵同士だ」
「えー」
と、頬を膨らませ、不満を露わにした小平太だが、すぐに笑みにかえた。
「それはそれで楽しそうだな。と長次と戦うなんて、滅多にない! 、長次! 負けないからなーっ!!」
「俺だって負ける気はないぞ」
「なにおう! じゃあ、負けた方は団子をおごるんだ」
「団子なんて生ぬるいだろ、うどんだうどん!」
「あー、わかったから、落ち着け小平太、」
山田は二人の頭を押さえてなだめる。
彼は二人のみを相手にしていたから、真っ青を通り越して真っ白になっているほかの生徒に気づいていなかった。
結果のみを言うと。
演習はさんざんなものになった。
どんどん過激になっていった小平太との言い合いは、最後にはどちらが多く巻物をとれるか、という勝負にまで発展してしまったからである。
不運にも小平太、のペアに選ばれてしまった二人は、あっちへこっちへ飛び回る嵐の二人に否応なく巻き込まれ、演習が終わったすぐに保健室送り。
大多数のチームは小平太とが巻物をがっぽり取ったせいで二つそろわずゴールができなくて泣き出す始末。
「先生、お願いします。あの三人はずっとあの三人のままチームにしてください!」
「どうかか小平太のペアに僕を選ばないでください!」
演習の終わり。
山田は三人をのぞいた、ぼろ雑巾のようになりはてたろ組に泣きつかれる羽目になったというのは、後の語り草だ。
「あの二人を押さえられるのは長次だけなんですーっ!!」
<END>