それはとっても紙一重。











忍術学園に入学して早6ヶ月。
夏休みも秋休みも体験をしてやっと、一年は組の善法寺伊作は、学園が自 分の家のようにしっくり来るようになってきた。
一年生の伊作はそうであっても、先輩達はとっくに新しい生徒 一人一人 の名前も性格もばっちりと把握しているようであった。

伊作は、先輩たちから『誰隔てなく人を助けるし、細かいところに気を配 れるね』と好印象。
しかし。
それよりも、弱点の方で有名人である。

罠に引っ掛かりやすかったり。
鳥のフンが頭に落ちてくる確率が他の皆より高かったり。
変なところから手裏剣が飛んできたり。
伊作はそういう少年であった。

そんな毎日が重なり、いつの間にか誰からともなく伊作の事をこう呼ぶよ うになっていた。

不運小僧。

そんなレッテル貼られて嬉しいと伊作が思うわけもなく。
形にされればされるほど、真実味が増すというか、前よりもトラブルに巻 き込まれるようになってきている伊作である。
同室で、一番最初にできた友達の食満留三郎にも、『どうしようもない不 運だな』と気の毒そうに言われる始末。

じゃあ、先生に頼まれたこのトイレットペーパーの補充も、何かのトラブ ルの発端になるのだろうか・・・。

そんなことを考えて、ちらりと背中にしょっているトイペを包んだ風呂敷 に目をやったすぐだった。
何かに柔らかいものに躓いて、伊作は思いっきり顔から床に激突したので ある。
受身なんて取れずに、10センチぐらいは前方に滑り流れた。



「ああ・・。トイペが転がっていく」



四方に散らばったトイペをにじむ視界で見つめて、それでも伊作は自力で 立ち上がった。

一体何に躓いたのか。
訝しげに振り返った伊作が見たものは。

人であった。



「ええぇえーーーっ!!?」



これは伊作にも初めての経験だった。

人で転ぶなんて。
・・・ではなく。
何故、人が倒れているんだろう。

水色に井桁模様は伊作と同じ1年生の証。
床に広がっている髪は、ざんばらで、一番長い房は膝までもあった。

こんな髪が長い子は、同じ組では見たことがない。
い組か、ろ組か。

うつぶせに転がっているから顔はうかがえない。
身動きもしない。
伊作はずいぶん大きな声で叫んでしまったはずだったが。
それでも起きないようである。

少年の倒れている形と伊作の足の感触から考えて、きっと伊作は彼のわき 腹に躓いたのだろう。
痛くなかったのだろうか。

伊作は小首をかしげて、ハッとした。

もしかして・・・。
死んでいたりして。



「えええええええ縁起でもない!!」



伊作は慌てて、倒れている少年の首に手を添えた。
保健委員をしているため、脈の取り方は習っている。
押さえた右手は、ちゃんと鼓動を捉えた。

大丈夫。
生きてる。

と、ホッと息をつく前に、新たな問題発覚。
少年の首は、とっても熱かったのだ。

熱を出してる。



「ねえ、君!」



伊作は少年の肩を掴んで、ぐいと仰向けに直してみた。

熱のせいだろう。
少年は苦しそうな表情を浮かべていた。



「大変だ!」



しかし、悲しいかな。
伊作に同じ年の子を一人で、遠い保健室に運んでいく力などない。

助けを求めるようにあたりを見渡した伊作の後ろでふいに悲鳴が上がった 。



「うわっ! 何だこの廊下。トイペだらけじゃないか」



助かった、誰かが来た!

伊作は弾かれるように声のした方を振り向いて、トイペに驚いている一人 の先輩を発見した。
不運小僧に年に一度の幸運か。
その人は上級生である5年生の証、紺色の制服を着ていた。



「先輩、助けてくださーい!」



よかった。
どうにか大丈夫そうだ。



「僕、トイレットペーパーの補給をするために歩いていたんですけれども 、この子に躓いて。倒れてたんですこの子。熱があるんですー!!」



伊作が半泣きで訴えれば、5年生の先輩は倒れている少年を見てギョッと 目をむいて、そして叫んだ。



ーー!?」



・・・ん?
”。
なんか聞いたことがある名前な気がする。

伊作が小首を傾げて悩むこと2秒。
思い出した。

先日行われた『1年生クラスごっちゃまぜサバイバルレクリエーション』 で留三郎とペアになったろ組の生徒の名前だ。

くんのこと、長い髪の毛だなぁと見て関心したんだっけ。
留三郎くんが『いいやつだった』って言っていたから、友達になりたいと 思っていたんだけれども、まさかこんな初対面をすることになるなんて。
しかも くんは熱のせいで意識がないし。

と、伊作がつらつらと頭に浮かべている間に、先輩は伊作の隣りに移動を していた。
の額に手を当てて、先輩は顔をしかめる。



。聞こえるか?」



先輩が呼びかけると、反応するようにの手がピクリと動いた。
瞼がふるふると動き、微かに目が開いた。

伊作は息を呑んだ。

一瞬だけ見えたその瞳は、見事な水色をしていたのだ。
透き通った、青空の色だった。



。俺が分かるか? 久米だ。久米平次だ」



先輩――――久米平次の問いに、は返事をしようと口を開くが、そこ からは苦しそうな吐息が聞こえるばかりであった。



「しゃべるのも辛いんだな。分かった」



久米はを優しく撫でると、思い出したように伊作を振り返った。



「おっ」



と、久米は目を瞬かせ、いきなり伊作の頭をぐしゃぐしゃにかき回した。




「巷で噂の不運小僧、善法寺伊作じゃないか」



伊作は久米を見るのははじめてであるから、もちろん話すのも初めてだ。
戸惑う伊作に対し、久米は知ったるとばかりに笑みを浮かべた。



を見つけてくれてありがとう。一緒に保健室来るか?」



彼はニコニコと笑顔で伊作に笑いかける。
いつの間にか、を背負いあげていた。

伊作はもちろん「はい」と、頷いた。
第一発見者であるし、それに加えて。



「僕、保健委員ですから!」



立ち上がり胸を張れば、久米はまた片手で伊作の頭を撫でた。














「君が善法寺伊作?」



躓かないように下を向いて歩いていた伊作の耳に、リンと響く声が聞こえ た。
顔を上げれば、透き通るような水色の瞳。

先日、助けただった。
隣に、学年一無口だといわれている中在家長次を連れている。

伊作は心臓が鳴ったのを感じた。
垣間見たあの時と違い、ずっと水色がこちらを見ているのだ。



「久米先輩から聞いたんだ。倒れてた俺を助けてくれたんだって?」



俺で転んだって聞いたけど、捻挫とかしていなかった?

は伊作の上から下へ眺め見る。
伊作は慌てて首を振った。



「なんともないよ。君こそ、もう風邪治ったの?」
「“君”なんて他人行儀な。俺はろ組の。“”でいいよ」
「僕は・・もう知っているみたいだけど、善法寺伊作」
「うん。ろ組でも不運小僧で有名だもん」



伊作の胸に、の言葉が突き刺さった。

不運。
この2文字はもはや切っても切れない関係になってしまったようだ。

がくんと肩を下げた伊作に、は言った。



「倒れている俺に転んだのは伊作にとっては不運だったろうけど。倒れて いた俺にとっては幸運だったよ」



たしかに、伊作があの道を通らなかったら、授業中であったあの時間にが発見されていたかどうか、分からない。
発見は遅れただろう。

だから、とは笑う。



「不運も幸運も紙一重だよな」














END


伊作と初対面です。