捨てる神ありゃ拾う神あり
留三郎はしばらく意識をとばしていたようだ。
「あーあ。今日は二人仲良くはまったな」
我に返ったきっかけは上から響いてきた暢気なこの声である。
目を開けた留三郎は刺すような太陽の光と、上に伸しかかかる何かに痛みを覚えた。
「いつつ・・・・」
「大丈夫ー?」
「ああ・・・・・・」
痛みに現状を思い出す。
そうだ。
落とし穴にはまったのだ。
伊作ともども。
留三郎は上にのしかかる何かに目を向けた。
やはりというか、それは伸びている伊作であった。
ああ。
やはり今日は不運が絶好調のようだ。
留三郎はため息をついて、伊作の肩を揺すった。
「伊作、起きろ。伊作っ」
「うーん。・・・あと5時間」
「怠けすぎだ!」
思わず手が出た留三郎だが、おかげで伊作が目を覚ました。
「うわっ、留さん近いよ!」
「お前が俺の上にのしかかってんだよ!」
「縄を降ろすぞー」
言い合いを真っ二つに裂く縄。
留三郎は起きたばかりで混乱状態にある伊作を何とかなだめ、先に縄を上らせた。
「やあ、災難だったね、お二人さん」
縄を支えてくれていたのはであった。
図書館に行くところなのかそれともその帰りなのか、本を脇に挟めている。
伊作はに頭を下げた。
「ありがとう、おかげで助かったよ」
「なんのなんの。今日はどうして二人一緒に?」
の問いに、留三郎はため息混じりに答えた。
「それは、かくかくしかじかで・・・・」
「ふうーん、漆の箱ねえ」
は呟き、伊作と留三郎を交互に見やる。
そして、首を傾げた。
「どこに?」
・・・・・・長い沈黙の後、青ざめた伊作が自分の手と留三郎の手を見る。
「ない!」
そして、穴の中をのぞき込み、落ちそうになりながら絶望の声を上げた。
「ないないない!!」
留三郎も慌てて周囲を見渡す。
しかし、漆の箱はどこにも転がっていない。
「伊作、しっかり持ってただろ!?」
「持ってたよ! でも、落ちたとき僕、どうしてたんだろう」
伊作の目が潤む。
「泣くな伊作。泣いたって解決しない」
「で、でもっ」
留三郎の喝に縮こまる。
「消えた箱ねえ」
伊作と留三郎の様子をじっと眺めていたがぽつりと呟く。
二人の目がに向く。
彼は太陽を見上げて、問いかけた。
「落とし穴に落ちたのっていつ頃? 俺は二人が落ちる瞬間を目撃した訳じゃない。落ちてから救出されるまで間隔があいているんじゃないのか?」
そう言われて留三郎は空を見上げ、ぎょっとした。
太陽の位置が違う。
落ちる前から判刻は経っている。
呆然とした表情からそのことを読みとったのだろう。
は納得の表情を浮かべ、ぽんと腰に手をあてた。
「俺が一肌脱いでやろう」
「え、暑いの?」
「・・・伊作、冗談だよな?」
は伊作を胡乱げに見つめる。
「助けになってやるって意味だよ」
ぽかんと口を開けていた伊作は、数秒後に目を輝かせた。
「本当!?」
「だって、二人だけで探すには限界があるだろ」
「うんうん! ありがとう!!」
「お礼は箱が見つかってからだろ。っても、オレ一人じゃあ心もとないだろうし、さらに助っ人を呼び寄せるか」
そう言いながらもは照れたように笑みを浮かべ、大きく息を吸い込んだ。
そして。
空に向かって一気に叫んだ。
「学級委員長委員会集合!!」
よく通る、透き通った声はきっと裏山にいたとしても聞こえるほど。
学級委員長委員会は六年生が都合で空席であるから、実質が委員長のようなものだ。
「いや、だが、委員会活動中でもないのに呼びかけるに応じるのか?ってか、聞こえるのか?」
「鉢屋三郎参上しました!」
「よし」
「来たよ!」
四年の三郎がいの一番に出現した。
「ちなみに三年は滝夜叉丸の自慢話に捕まっており、二年は三之助と左門の捜索で出払っており、これません」
「自分だけじゃなく、他の委員の様子まで知っている周到さ!!」
「・・・ちなみに私は何のために呼ばれたんでしょう」
驚きの声を上げる留三郎と伊作の方を見て、三郎は首を傾げた。
「箱を知らないか?」
「箱、ですか」
「そう、漆の箱らしいんだけど」
が伊作と留三郎のなりゆきを伝えると、三郎は哀れみのこもった瞳を二人に向けた。
「毎度の事ながら、不運ですね」
心の底から言われると、きついものである。
伊作は地面に体育図わりして、土にのの字を書き始めた。
「とりあえず、他の四年にもあたってみますね」
「頼む。何か情報をつかんだら合図をくれ」
「承知してます。では」
三郎は来た時同様、颯爽と去った。
「いい後輩だろ?」
「オレのとこの後輩だっていいぞ」
「ほ、保健委員だって!」
自慢するに、二人はすぐさま噛み付いたのだった。
<つづく>
上下で終わると思っていたのに・・・。
人をたくさん出そうと思ったらそれだけじゃ終わらないことに気付いた。