夜に降り続いた雪は地面を覆い隠し、一面の雪景色となった。
その深さはニ年生の善法寺伊作が直立不動のままズボッとはまるほどの場所までできてしまったほど。
保健委員長の久米平次は徹夜明けの目を覚ますべく、太陽の光を反射してきらきら輝く冬景色を見るために廊下に座っていた。
ふわぁを大きなあくびをしながら両手を伸ばしながら背伸びをした時だった。
一年生長屋の一室の戸が勢いよく開いたのは。
「うあー! すごい!!」
明るく元気な声だ。
こんな純粋に雪を見ていた時期が俺にもあった。
ああ、あのころは普通に雪が楽しみだったのに。
いまじゃあ 風邪の患者が増えるから薬を多く用意しないと、なんてつまらないことしか思いつかなくなった。
もの寂しいものを感じながら声のした方を眺めた久米は、それが自分のよく知る生徒が寝起きしている部屋であることに気付いた。
「いけいけどんどーん!」
真っ先に外に駆け出したのは七松小平太だった。
ついで、小平太の薄着を心配してマフラーを片手に中在家長次が追いかける。
あとに続くと思われていた、久米のよく知る人物、は廊下まで出たものの顰め面で雪の上を走る二人の様子を目で追っただけであった。
「こいよ!」
小平太に誘われても、はふいと顔を背けた。
「やだ」
「なんでだ?」
「なんででも」
「なんでだろう」
小首を傾げる二人。
はしかし返答はせず部屋に引き返す。
小平太が慌てて景芳の元へ駆け寄り、その手を掴んだ。
「とても楽しいぞ。そうだ。雪だるまでも作ろう!」
ニパッと笑った小平太だが。
はその手を乱暴に振り払って、そうして叫んだ。
「俺は雪なんて大嫌いだ!!」
小平太の目の前で戸が閉められる。
立ちすくんだ小平太は、あまりにも呆気なく離れた体温にしばらく呆然としていたものの、長次に肩を叩かれたことから我に返った。
「?」
返事はない。
小平太は眉と口をくしゃりとさげた。
言葉も出ない小平太の代わりに、しかし震えた声を出したのは長次だった。
「私たちが何かしたのか? 悪いことしたのか?」
今にも泣き出しそうな様子に静観しているわけにはいかないだろうと久米は事件の起きた方へ足を向けた。
そして、縮こまる二人の頭を撫でる。
「おはよう二年坊主」
「あ・・・天候型不運の保健委員長・久米先輩。おはようございます」
「おはようございます・・・・」
「うん長次。そんなに丁寧な説明要らないから。不運とかつけなくていいから」
まったくもって不名誉な称号だと肩を落とした久米は、気を取り直して言った。
「景芳のことは俺がなんとかするから二人は元気に遊んできな。ほらほら」
「でも・・・」
「大きな雪だるまができてたらも気になって遊びだすかもなあ」
言うなり、二人はそれぞれ雪玉を作りはじめた。
かわいらしいものだ。
久米は二人が大丈夫なのを見て、閉じた戸を開いたのだった。
「オレとはじめてあった日も、こんな雪の日だったな」
は部屋の中心で立ちすくんでいた。
背を向けた状態で、俯いている。
「ああ。財布をすられたことを根に持っていっているんじゃない」
久米は一歩足を進め、後ろ手に戸を閉めた。
「もう、“最初の日”から5年経ったろう?」
が、久米を振り返った。
口を一文字に引き、水色の目で久米を非難していた。
それ以上言うな、と。
しかし、久米は言った。
「許してやれ」
の目がうるんだ。
「許してやれよ。自分を」
久米の優しい声に、は大きく首を振った。
横に。
<つづく>