真夜中のはじめまして













ゴトン。
天井から物音が聞こえ、は目を覚ました。
真っ暗の中に天井の木目が浮かんでいた。



「まだ夜じゃん」



目をこすり、体を起こしたは部屋を見渡した。

右の布団には中在家長次。
左の布団には七松小平太がいるはずだが・・・・。
そこに小平太の姿がない。

めくられているかけ布団を手で触れてみると、まだほんのり暖かい。
布団を出てから、さほど時間は立っていないようだ。

はまた天井に目を向けた。



「今の音、上から聞こえたよね」



誰に言うでもなく呟くと、それに答えるようにまた天井がきしんだ。
それは、建物が自然にたてる音とは違っていた。
はそう思った。

ここは忍のたまごを養成する学校だ。
忍はその仕事ゆえ、夜中の行動が多い。
そのため上級生になると夜になれるために真夜中の授業が多くなるという 。
それかとも考えただが、明らかに気配が違う。



「・・・小平太かな」



小平太は寝相がものすごく悪い。
真ん中にいるの上を登山し、長次の布団に転がりこむことはもはや日常。
障子をぶち破り、外にまで出て落とし穴にはまっても眠りこけて、早朝に先生に発見、救出された過去まである。
が、まさか、屋根の上にいけるわけがない。

とは思いつつも、心配になったは、枕元に置いているくないを念のために懐にしまい、布団から静かに起き上がった。
長次が目を覚ました気配はない。

音もなく障子をしめたは屋根の上を見ようと廊下の柱にぶらりと掴まり、覗き見たが、角度的に無理であった。
上ってみないと音の正体は分からないようだ。

は軽く屈伸をすると、柱に足をかけた。

ふいに。



「あれ? 、なにやってるんだ?」



明るい寝ぼけ声が静寂を壊した。

反射的に懐に手を忍ばせながら顔を向けたが見たのは、欠伸をしながらこちらに歩いてきている小平太の姿だった。
は瞬きをして、小平太が近付くのを待った。



「小平太こそ」
「トイレに行ってた」
「なんだ。・・・じゃあ小平太じゃなかったんだ」



小平太は柱に足をかけたままのを眺めて、「私がどうかした?」と首 を傾げる。
そこでは、物音がして目を覚ましたことを伝えた。

とたん、小平太の目が輝いた。



「それ お化けだ!」
「お化け?」
「知らないのか? 学園の七不思議」
「そんなのあるの?」



が肩をすくめると、小平太はキラキラした瞳で話し始めた。



「この学園に石火矢の格納庫があるのは知ってるよな?」
「そりゃ片付ける場所がないと、あんな大きいの邪魔だろ」
「その格納庫の天井が、血天井なんだって」
「え!? 血天井って、あれか。武家の屋敷とかで戦があって不幸にも討ち死にしたりとか曰くつきな・・。血が取れない廊下の板を供養のために寺の天井にしたっていう・・・」
「うん、それ。格納庫は寺だったものを移築したものなんだって。それで 、落ち武者達が夜な夜な自分を殺した仇を求めて彷徨っているらしい」



の聞いた音は、お化けが立てた音だよと、小平太は断言した。
不思議なことに、そうも力説されると、真実であるように感じてくるものだ。
も目を輝かせた。




「お化けか!」
「見たいな」
「見たい、見たい」



二人は顔を見合わせるとニッと笑みを浮かべた。
行こう、などと言う言葉かけは必要なかった。

はくないを柱に突き刺すと、それを踏み台に屋根の上に一足飛びした 。
続いて上がってきた小平太に手をかしながら、屋根の上を眺め見たは 背後で何かが動いたのに気付いた。

お化けか。
お化けなのか!?

わくわくして振り返ったが見たのは。

右足の付け根を押さえ、ゴロゴロともんどりかえっている少年であった。



「・・・・んん?」
「お化けじゃないな」



小平太の呟きには首肯を返した。
そのもんどりかえっている少年は、一年生の制服を着ていたのだから。

小平太が「あっ」と声を上げた。



「一年い組の潮江 文次郎だ」
「潮江・・・?」



この声でやっと、と小平太がそばにいることに気付いたらしい。
潮江文次郎は目の下にこさえた隈の上に涙をためて、二人を見つめたのだ った。














「へー。夜間トレーニングか」
「だからいつも目の下に隈があったんだな」
「そうだよな。忍者ってだいたい夜に動くものなんだから、暗闇に慣れていないとおかしいよな」
「それよりも、一体どんなひねり方をしてこけたんだ? これは痣になるよ」
「あ、本当だ。これは痛いぞー」
「冷やさないと」
「氷持ってないぞ」
「仕方がない。応急処置だけだな」



文次郎は、首をに向けたり、小平太に向けたり、しっかりと離してのほうに目をいちいちやるものだから目を回し始めていた。

文次郎は夜な夜なこのように一人で自主トレをしていたという。
今日も例にもれずトレーニングに出た文次郎は、暗闇に眼が慣れてきたので屋根の上を走る練習をはじめたらしい。
そして、足を滑らせて、思いっきりひねり転げたというしだいであった。



「よし」



文次郎の右足首を包帯で巻き終えたは満足とばかりに明るい声を上げた。



「固定しただけだからな。朝になったら新野先生に見てもらってね」
「すまない、



文次郎に頭を下げられ、は「はて」と眉をそばめた。



「俺、名乗ったっけ?」



小平太だけが文次郎だと分かったように、は文次郎とは初対面だ。
文次郎は小首を傾げて唸るの目を覗いて、言う。



「水色の目に長い髪が目立たないわけないだろう。一方的にこっちが知っているだけだ」
「ああ、そういうこと」
「じゃあ、私は? 私のことは知ってる?」



小平太がの肩に顎を乗せて文次郎に問う。
文次郎は考えるそぶりを見せた後、小平太の苗字を言い当てた。



「七松だろ?」
「そうそう!・・・って、同じ一年生何だから名前で呼べよ。他人行儀だな」



小平太が眉を吊り上げると、文次郎は瞬きをした後、「わかった」と笑みをにじませた。
そして、右足首を軽く動かし、支障がないことを確かめると、ひょっこりと立ち上がった。

その様子を目で追っていたはハッと我に返った。



「明日もトレーニングするの?」



すると、文次郎は首を傾げて「ああ」と頷いた。



「じゃあ、明後日も?」
「ああ」
「その次の日も?」
「毎日しているが・・・何だ?」



文次郎が訝しげに尋ねると、はニッコリと笑った。



「いや、なんか丑の刻参りみたいだなって」
「丑の刻参り?」



文次郎と小平太の声が重なった。



「何だそれは」
「えっとね。真夜中に同じことを毎日繰りかえすと、願いが叶うんだって」
「願いなど、自分でかなえるものだろう」



文次郎は腕を組むが、は「わかってないなぁ」と指をふった。



「叶える為に努力するんでしょ」
「う・・・うむ」
「あ。でも。丑の刻参りには頭に二本のろうそくを立てるんだった」



は両手の人差し指を立てて、角のように耳の横に立てた。



「そうしたらやる気がアップするとか」
「試したら?」



頷こうとした文次郎は、ハタと気付いた。



「しかし、ろうそくをつけるのは、忍者の鍛錬にそぐわないぞ」
「あ。そっか」



闇に紛れてこそひそやかに行動できるのだ。
それがろうそくをさせば、ここにいますと言っているも同じだ。



「なら忍者らしくすればいいさ」



小平太があっけらかんと言った。



「忍者らしく?」



が首をひねると、小平太は「たとえば」と、人差し指を立てた。



「ろうそくの代わりにくないをさすとか」
「くないを?」



は口をひがめた。

それは下手をしたら刺さりそうだ。
というかはたから見たら怪しい。
いや、ろうそくも十分怪しい。

そう考えると、丑の刻参りそのものが、ずいぶん変なものなのだと気付いただが。
隣りから押し殺すような笑い声がするのを聞き、口を開くのをやめた。
よくよく耳を澄ませば、文次郎が何事か呟いている。



「くないを頭に・・・・・」
「・・・・」



やる気満々のようだ。
言い出した手前、「なんか間違えたかも」とは言えず、はそっと文次郎から目をそらしたのだった。














END



文次郎と初対面。そして間違いを教える主人公。