平次は小さな足音で目を覚ました。
はっと目を開いてすぐ、隣の布団で眠っているはずの子供の姿がないことに気づいた。
掛け布団が無惨に吹き飛ばされている。
開け放たれた襖の向こうには、まだ月が出ていた。
「おいおい、起きてすぐにそんな元気に起き回れるもんじゃないぞ普通!」
平次が布団からはねおき、部屋と廊下との縁から顔をのぞかせると、
さっきまで布団で寝ていたまさにその子供が、へたりこんでいた。
廊下までは歩けたものの、そこで力つきたらしい。
「おい、大丈夫か?」
平次は子供の肩に手をおこうとして。
パンと弾かれた。
子供が平次の手を叩いたのだ。
おい、と言おうとして、しかし平次は口を閉じた。
長い前髪の向こうに見えた子供の瞳は、晴天の空のような水色をしていてた。
その目は怯えた様子で、しかし平次を威嚇するように睨みつけていた。
そして、ずるずると平次から離れようと座ったまま後ずさる。
あまりに警戒心が強い。
初対面だから、というわけではなさそうだと考え、平次は子供との間をつめることはせずに、動かずに子供を見据えた。
「大丈夫だ。お前の看病をしていた。なんにも怖がる必要はないんだ」
しかし、子供は平次の言葉を聞き終えることなく立ち上がると、どこにそんな力が残っていたのか、一目散に走り出した。
しかも速い。
「ちょちょちょ、待てい! お前、肺炎手前の風邪っぴきでしかも両手は凍傷しかけてたんだぞ。絶対安静!!」
平次は子供の元へすっ飛んでいった。
手を伸ばして、その体を捕まえようとして・・・空を切った。
子供が床に丸くしゃがんだからだ。
「のわっ!?」
平次は前のつんのめって、顔面からべしゃっと倒れた。
その隙に、子供はさっきとは反対の方向へ駆け出す。
思い切り打ちつけたことでくらくらする思考の中で平次は、なんだとと呻いた。
これは、忍者の術だ。
どうして年端のいかない子供が知っているのか。
平次は頭を振って、起きあがった。
「病人は大人しくせいと言っているんだぞ俺は!」
くわと叫び、今度は油断せずに子供を捕まえようと小さく息を吐いたときだった。
子供の進行方向に和尚が現れた。
騒ぐわ叫ぶわの大騒動だ。
これで安眠できようはずがない。
「和尚! 確保ー!」
勢いづく平次とは裏腹に、和尚はその場に静かに正座して、戸惑い立ち止まった子供に静かに、言った。
「わしはここの和尚。お前を追いかけるのはわしが引き取っているやんちゃ坊主、平次だ。・・・お前の名は?」
平次は子供がはっと息をのんだのを感じ取った。
和尚が無害かどうか、様子を伺っているようにみえた。
それはそれは長い間三人で硬直したまま。
静かに息だけをしていた。
そして、何が合図だったのか、ただ単に気力が途切れたのか、子供が肩の力を抜いた。
「・・・・」
気づいたら淡い日の光が遠くの山に差し込み始めていた。
<つづく>