ひょんとのびたソレ
















忍たま長屋を歩いていた五年ろ組の鉢屋三郎は、池の奥の茂みに、髪の毛が散らばっているのを見つけた。

色素の薄い黒髪。
無造作に時折風に揺れている房に首を傾げる。

何であんなところに髪が散らばっているのか。
作法委員が生首フィギュアでも置きっ放しにしているのだろうか。



「まったく。用具委員会が困るだろうに」



ため息をついた三郎の頭に違和感がかすめた。

生首フィギュアにあんな珍しい髪の毛を選んで使うだろうか。
余計な予算がかかってしまうのだから、予算委員会が許すわけがない。
三郎だって、色素の薄い黒髪の持ち主を一人しか知らない。
六年ろ組の学級委員長兼、学級委員長委員会の委員長。
しか知らない。

三郎はギクリとした。

もしあれがだとして。
寝ているのだろうか。
雨の後の湿った地面に?

は不治の傷を持っている。
外からは見えない内の傷だ。
呼吸器系に難があり、長い間激しい動きをすると命の危険がある。

寝ているわけではなく。
倒れているのだとしたら?

三郎は茂みに駆け出した。
散らばる髪の中心に、緑の服の少年が倒れていた。

心臓がはねた。



先輩っ!」



三郎は呼びかけながらの隣に膝をついた。

は髪も服も泥まみれだった。
しかし、小雨に洗い流されたのか、白い肌には汚れ一つついていない。
は三郎の呼びかけに答えず、その瞳は閉じたままであった。
死んでいるわけがないと思うのだが、背筋を冷たいものが滑り落ちる。

三郎はの肩を揺らした。



先輩。起きてください」



風邪引きますよ。

呼びかけるが返事はおろか、身動きもしない。
三郎はに手を伸ばした。



!」



手はの頬に届かなかった。
伸ばした手首を、が掴んでいたのだ。



「先輩、だろ。どさくさに紛れてなに呼び捨てしてんだが」



白い唇が震え、弧を描く。
三郎はホッと息を吐いた。



「死んだフリが上手いですね」



は目を開くと、その瞳に三郎を映した。



「へこたれてたのは事実だ」
「そういえば・・・課外実践授業に出ていましたよね」
「うん。帰って来たばかりだ。長屋に戻るのも億劫だったんでな」



は上半身を起こし、にこりと笑った。



「雨が気持ちよくて、寝てた」



三郎はあっけに取られ、ため息をついた。



「風邪引きますよ」
「引かないよ。まだ10月じゃないから」



は毎年毎年、10月に風邪を引く。
季節の変わり目であるから風邪を引きやすい時期ではあるのだが、どんなに予防していても何故か絶対に病気になる。
いつ熱で倒れるのか、本人すら分からないため(以前に、人の通らない場所で倒れてしまい、半日行方不明だったことがあったため)、10月はの周りに人がたえない。



「今年もそうだとは限らないでしょうに」
「物心ついた時からずっとそうなんだから、10月だけだ」



はそう言いながら、地面に散らばった自らの髪を人房の掴み、顔をしかめた。



「きたない」
「そりゃそうですよ。どこで寝ていたと思っているんです」



泥、草。
何でもかんでもくっついている。



「風呂は水洗いしてからだな」



はよいせと立ち上がると、天に向かって体を伸ばした。
三郎がその様子をじっと眺めていると、はいまだ膝をついたままの三郎をも下ろし、手を差し伸べた。



「三郎も一緒に風呂はいる?」



幸い、授業は終わっている。
自主トレをするつもりであったが、といる方が有意義であると感じた三郎は、迷わずその手を掴んだのだった。



「髪を綺麗にするのを手伝ってあげますよ」















END