もうだめだって、一人で決めつけないで















小平太の様子がおかしいことに気付いたのは長次だった。
長次に言われるまで、はまったく気付いていなかった。



「おかしいか?」



が問えば、長次ははっきりと頷いた。



「怪我をした」
「いつものことだろ」
「まきびしを自分の足元に投げて怪我をした」
「それはおかしいな」



六年生にもなってその失敗は初歩過ぎる。
不運な六年は組の善法寺伊作ならよくある話だからともかく。

が顔をしかめると、長次は「まだある」と、小さく呟いた。



「塹壕を掘るスピードが遅い」
「ええ!?」
「バレーのアタックをはずした」
「うそだろ」



天変地異の前触れか。
小平太にはありえないことだ。



「何も気付かなかったか?」



長次に問われ、は腕を組んだ。
目を閉じて考えてみるも、何も浮かばない。



「このところ、朝と夜ぐらいしか顔合わせないせいか・・・」



は六年ろ組の学級委員だ。
そのうえ、全組、全学年を束ねる学園の学級委員長委員会の委員長なのだ。
各組、各学年と学園長の間を行き来する日々。

しかし、忙しかったことなど、友人をないがしろにした言い訳にはならない。
ましてや親友だ。
注意していなかったようだと反省をしていたの耳が、騒がしい足音を聞き捉えた。
といっても、忍者の足音だから、実は微々たる音だ。
耳がいいだからこそ聞こえるものであった。
一度聞いた音は絶対に忘れないは、それが伊作のものであることに気付いていた。

慌てている彼は珍しい。
部屋を通り過ぎるときに、急いでる理由を聞いてみようとは廊下への障子を空けた。

が、しかし。
伊作は部屋を通り過ぎることなく、むしろ開いた部屋の中に突撃してきたではないか。



「ちょっと、大変だよ!」



ここに来るまでにたくさんの罠にはまったのだろう。
伊作の髪には土や草がつき、服はドロと埃だらけ。
顔にはすり傷もあった。

伊作は部屋に入ってすぐにへたり込んだ。



「・・・どしたの」



ぜえぜえと息をはく伊作の背をなでて、は聞いてみた。



「小平太のことを、先生が話していたんだ」



伊作の口から出てきたのは先程から話題に上っている小平太のことであった。
伊作はと長次を見上げた。



「小平太がスランプって本当?」



なるほど。
まき微視を足元に投げたのも、塹壕を掘るスピードが遅いのも、バレーのアタックをはずすのも、スランプだからか。

納得したは「そうみたい」と返した。
すると伊作の顔色が目に見えて悪くなった。



「本当なの!?」



その慌てぶりといったら、すさまじい。
がどうにかして落ち着かせようと肩を叩くが、伊作はおろおろするばかり。



「・・・・・伊作」



それまで沈黙していた長次が動いた。
立ち上がった長次は部屋の端に座っている二人の頭をなでて。



「先生は何と言っていた」



と問いかけた。

小さな声だったので、伊作の耳には届かなかったらしい。
首を傾げる伊作に、が通訳する。



「先生は何て?」
「あ、うん。スランプの対処として小平太を一年は組に入れるって・・・」
「一年!?」



は大声を出した。

スランプの対処なのだから、個人メニューをやらせるとか、それぐらいだと思っていた。
まさか、一年生におとすなんて。

はキッと立ち上がった。
歩き出そうとしただが、その腕を長次につかまれた。



「どこに行く」
「決まってるだろ。学園長のところだ。抗議する!!」



は手を振りほどこうともがくが、長次の手は離れない。
静かに首を振り、長次はをいさめる。



「先生に考えがあるのだろう」
「あの学園長にそんなものあるわけないだろ。どうせいつもの『突然の思いつき』だ」



『突然の思いつき』のところだけ学園長の声真似をきっちりするあたり、完全に、頭に血が上っているわけではいようだ。
つっこむことに乗り遅れた伊作が二人をぼっと見ていると、ふいにポカンとした声が乱入した。



「部屋の入り口で何してるんだ?」



噂をすればなんとやら、とはよく言ったものだ。
いつの間にか小平太が廊下に立っていた。

入り口に三人が固まっているため、不審に思っているようだ。



「小平太!」



と伊作の声が重なった。
の耳には長次の声も聞こえた。

小平太は三人の顔をそれぞれ眺めて、苦笑を浮かべた。



「もう知っているみたいだな」



何を知っているか、皆まで言う必要はない。



「いつからいくの?」
「明日から」



伊作の問いに軽く答え、小平太はを見た。



「何だかを見るの、久し振りな気がするな」



小平太は自分でそう言いながらも、「あれ?」と首を傾げる。



「おかしいな。同じ長屋に寝ているんだから朝と夜は顔を合わせているし、教科授業だって一緒に受けているのにな」



は俯いた。



「ごめんな」
「え? 何で謝るんだ。忙しいんだから仕方ないだろう」



そう言う小平太の笑顔はくしゃりとゆがんでいた。



「・・・・学園長に抗議してやるからな」



が言うと、小平太は首を振った。



「ううん。一年は組に行くよ。私には足りないものがあって、は組で見つけられるだろうって、山田先生も言っているんだ」
「でも、何で五年とかじゃなくて、一年生なんだよ!」



その瞳が冷たく光るのを見て、長次はを捕まえている手の力を強くした。

実は、ろ組の一番の激情家は小平太ではなくだ。
他人にまったく興味を示さないは、その分 大切だと定めたものに対する情が深い。
この状態で駆け出したら最後、自分の身すら省みず、どこまでも突っ込んでいくだろう。

それを長次は防いでいるのだ。

小平太は二人の優しさに、滝のような涙を流した。



「ゴメンな。一緒に卒業できなくて」
「っ、小平太!!」
「五年遅くなるけれど、私、頑張るから!」
「何年だって待ってるからな!」



小平太は長次とに抱きついて、わんわん泣いた。
感傷に浸る三人を見て、伊作が感動にホロリと涙した時だ。



「騒がしいと思ったら、そういうことか」



天井から仙蔵が逆さまに顔を出した。
仙蔵は胡乱げに、抱き合っている三人を見やる。



「い組は明日のサバイバル演習の作戦を練るのに忙しいんだ。騒ぐならよそでやってくれ」



温厚な伊作だが、仙蔵の言い草にカチンときた。



「そんな言い方ないだろう。仙蔵がそんなに冷たい人だったなんて・・っ」
「大げさだな。今生の別れじゃないだろうに」



仙蔵はやれやれとため息をついた。



「ましてや、一年は組に行くのはたった一日じゃないか」
「・・・・・・・・・・へ?」



は仙蔵を見上げた。
仙蔵はこれ見よがしにもう一度ため息をつく。



「暇ならば、小平太を一日でも受け入れる了承をしてくださった山田先生、土井先生、は組のよい子達たちに挨拶をしておくべきだろう」



最後に仙蔵は「静かにしてくれよ」と、もう一度念を押し、天井裏に戻っていった。
残された四人はただ呆然と口を開けているばかり。

三秒後にやっと長次が言葉を紡いだ。



「は組に行くのは一日だけか」



長次が小平太を覗き込むと、小平太は小首を傾げて。
そしてハッと我に帰ってきた。

どうやら仙蔵の言葉は正しいようだ。
小平太は頭の後ろを書いて、「えへっ」と笑う。

何だったんだ。
今までの感動は。
やるせない気持ちは!



「小平太あああぁぁあぁぁぁぁ!!!!」



は懐からくないを数本取り出した。



「俺が手っ取り早くスランプから脱却させてやる! 表に出やがれーー!!!」
「うわあぁぁぁあぁ!!?」



外に逃げ出した小平太を追撃する7本のくない。
小平太は大きく跳躍することでそれを避けたが、第二段が迫っていた。



「ちょっっ! 手加減して、!!」
「問答無用ー!!」



駆け回ると小平太を眺め、長次と伊作は額を押さえたのだった。















END




アニメ、七松小平太のスランプの段、をイメージ。
可愛いです、彼ら。