いないとおかしくて。














今日が来るのを、七松小平太はずっと心待ちにしていた。

桜舞い散る4月。
忍術学園の新学期だ。

無事、最上級生である六年生に進級した小平太は真新しい緑色の制服を身にまとい、屋根から屋根へと乗り移り屋根の仕掛けをくぐって六年ろ組の屋根裏へやってきた。
階段を上がって扉から入ることすら煩わしく、早く親友に六年の制服を来た姿を見て欲しかったのだ。



!」



慣れた手つきで天井板をはずし顔を覗かせた小平太だったが、教室にはの姿はおろか、誰もいなかった。



「あれ?」



小平太は首を傾げた。

家族を殺されたに帰る家はない。
そのため、休みの間は学園近くを転々とサバイバル生活を送っている。
だから学園に一番乗りするのはいつだってだった。
が、今年は違うようだ。



「私が一番か!」



小平太は天井から降りると、教室を見渡した。
これから一年間世話になる教室は、とても広く感じた。

誰もいないからか。
否。

(ああ。机の数が減っているからだ)

小平太は綺麗に並べられた机が去年よりも減っていることに気付いた。

学園には忍を目指して入ってきた者以外に、根性を鍛えに来た者や、作法を身につけるためにやってきた者もいる。
そういう者は途中で学園を去っていくし、目指している者の中にも授業についていけずに泣く泣く道を諦めるものも、学年が上がるほど多くなってくる。
それは先生から聞いて小平太も承知のことであった。
が、実際にそうなるのを実感したら、とても寂しく感じた。



「・・・・小平太」



うな垂れていた小平太の耳に、小さな声が届いた。
弾かれるように振り替えれば、小平太と同じく新品の緑の服を着た親友のもう一人、中在家長次が、扉をくぐってくるところであった。



「長次!」



小平太は迷うことなく両手を広げ、長次に抱きついた。
体格のいい小平太よりさらに体格のいい長次は、一歩後ろに下がっただけで力強いタックルによろめきもしなかった。



「これからまたよろしくな!」



小平太が笑うと、長次も笑みを返した。
といっても、入学当初からずっと同じ組で、親友である小平太だから分かったことで、他の誰が見ても「無表情のままじゃないか」と思うだけだったろう。

長次は小平太をそっと放すと、教室を見渡して首を傾げた。
それは先ほど小平太がしたのと全く同じ仕草であったから、小平太には長次の思考が簡単に読めた。



だろ?」



すると、長次は小平太に頷き返した。



「私が一番乗りだぞ。まだ来ていないみたいなんだ。珍しいな」



小平太が言うと、長次は窓を指差して小さく言った。



「新入生がやってきている」
「本当か!?」



言われれば、可愛い子供たちの声が聞こえてきている。

小平太は窓に駆け寄り、身を乗り出しながら門の方へ首を伸ばした。
が、門からだいぶ距離があるこの教室からは子供たちの姿は見えてこなかった。



「やっぱり屋根の上に登らないと無理か」



小平太は、はっと長次を振り返った。



「もしかしたら、はここだと一年生が見えないから、別の場所に居るのかもしれないぞ」



子供が大好きなは新しく入学してくる一年生を見るのを毎年の恒例にしている。
子供のいるところにあり。



「・・そうだな」



長次が呟くのを耳に捕らえて、小平太は「そうさ」と返したのだった。














しかし、二人の考えに反して、は担任が発表をされても姿を見せなかった。
委員会選挙になっても。
昼食の時間になっても。
授業が始まってもはこない。

しだいに、小平太の心の中に不安が押し寄せてきた。



「なぁ、長次」



今年も変わりなく六年連続で同室になった長次に声をかけた。
長次は手に持っていた本から目を離した。
その本はもう何分も同じページのままだった。
小平太と同じく心配なのだ。



、まさか進級できなかったわけないよな」



小平太が言えば、長次はすぐさま首を振った。

は五年生をトップの成績で終えたのだ。
主席を取ると囁かれていた い組の立花仙蔵を抜いての堂々1位だった。
個別に言い渡された実技訓練も任務も見事にこなしていた。
そんなが六年生に上がっていないわけがない。



「おい。なんでがいなんだ? あいつ学園やめたのか」



そう言いながら部屋に入ってきた六年い組の潮江文次郎に、長次の縄標が飛ぶ。
間一髪のところで避けた文次郎の背後には深々と縄標が刺さっていた。



はやめない。一緒に卒業するって約束したんだ」



小平太は縄標を巻きなおす長次の肩を押さえながら、真っ青になっている文次郎に言い返した。

は春休みに入る際、『またね』と、小平太と長次に言ったのだ。
貰ったばかりで折り目のついている緑の制服を抱えて。
そんなが学園をやめたわけがない。



「しかし実際、あいつは学園に来ていないようだ」



文次郎を押しのけて、六年い組の立花仙蔵と六年は組の食満留三郎が一緒に部屋に入っきた。



「長屋、教室、食堂、職員室、倉庫。全て探したがいなかった」



留三郎が言う。
それと同時に、六年は組の善法寺伊作が部屋に倒れこんだ。
何もないところで倒れるのも不運クオリティー。



「下級生も全員、の姿を見ていないらしいよ。心配そうにしていた」
「私たちだって心配してる」



小平太は口を尖らせた。

さっぱり分からない。
何故、この場にがいないのか。



「・・・・・・・」
「え?」



長次が小さく呟いた。
突然話すものだからまったく身構えていなかった小平太は聞き取ることができなかった。

だったら聞こえただろうか。

小平太は申し訳なく思いながら、長次に「もう一度言って」と、お願いした。
長次は嫌がりもせずに繰り返した。



「先生に聞こう」
「どの先生?」
「土井先生」



そう言われてハッとした。

そうであった。
土井半助は三年生時、大木雅之助の後任としてろ組の教科担任になった先生だ。
それに加え、三年、四年と火薬委員を連続して勤めたと、火薬委員顧問の土井とは仲がよかった。
五年生で違う委員になってからも土井の元にが顔を出している姿がよく見受けられた。

彼ならば知っているかもしれない。

そうと決まれば即行動だ。
六人は顔を見合わせると誰からともなく天井へ、床下へ、外へと散らばった。

天井の道を選んだ小平太は同じく天井を音もなく走っている文次郎に声をかけた。



「私は一年と二年の教室に行って聞いてみる」
「なら俺は三、四年だな」



頷きあうと左右に別れ、小平太は一年は組の教室の天井裏に辿り着いた。
今年、土井はここの教科担任だという話を聞いていたからだ。

しかし、そこに土井の気配はなく。
いるのは は組の子供たちのようだった。
がっくりと肩を落とした小平太は待てよ、と考えを改めた。
生徒達ならば土井がどこにいるのか知っているかもしれない。

小平太は天井板をはずし、逆さまに顔を覗かせた。



「なぁ、土井先生どこにいるか知らないか?」
「わあっ!!?」



教室の生徒がビクッと飛び跳ねた。
鼻から魂を出している子もいる。
とんだ魂が逃げ出さないように手裏剣で柱に射止め、小平太は一番冷静にしている生徒に話しかけた。



「土井先生探しているんだ。居場所知ってるか?」



すると、その生徒はうーんと首をひねった後、「みんな、何か知ってる?」と呼びかける。
全員の返事が「否」だったのを見て、彼はしゅんと頭を垂れた。



「ごめんなさい。僕も知らないです」
「んー。そっか」



ならば次は二年生だ。



「邪魔したな」



と、天井板を元に戻した小平太の耳に大声が聞こえた。



「土井先生発見!!」



伊作の声だった。
たしか、伊作は外に出て行った一人。
小平太はすばやく屋根の上に昇ると、辺りを見渡した。
よくよく目を凝らせば、北の方に疾走している留三郎を見つけた。



「留三郎!!」



呼びかけると、すぐに留三郎は小平太に気付き、一点を指差した。
仰ぎ見ると、のろしが上がっている。



「ナイス伊作」



どこにいるのか、一目で分かる。
小平太は屋根から屋根へと飛び移りながら、のろしの元へと急いだ。



「一体何なんだ!?」



小平太がついた時には、皆がそろっていた。
中央には長次の縄標によりぐるぐる巻きにされた土井半助。



「六年生がそろいもそろって」
「聞きたいことがあるんです」



最後に降り立った小平太を見上げ、土井は訝しげに眉をそばめた。



「何だ?」
のことです」



長次が囁くと、なぜか土井はキョトンと目を瞬かせた。



・・・」



そう呟いた後、「ああ」と頷く。



「本人から聞いていなかったんだな」
に何かあったんですか?」
「たいしたことじゃないはずだが・・・」



土井はそう言うと、簡単に長次の縄標を解いて立ち上がった。



「新学期前に学園長から任務を言い渡されて、外に出ているぞ」
「じゃあ、学園を辞めたわけでは・・・」
「ない」



土井は大きく否定した。

なんだ。
そうか。

小平太がホッと息を吐くと、周りからも同じため息が聞こえた。
土井が思わずと言った感じに噴出す。



「心配することじゃないだろう。はお前たちのことが好きだから」
「私たちも、のこと好きです!」
「私たちと言うと、私のことも勘定に入れたのか」



小平太が胸を張ると、仙蔵が微妙な笑いを浮かべた。
それを見て、土井は快活に笑ったのだった。















END



なんだかんだ言って、仙様も心配しているのです。